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COLUMNSブログ「論語と算盤」

愛おしい人生を創る

2022年3月15日

愛敬あいけいの二字は、交際の要道なり。ごうしてもって物をしのぐことなかれ。しょうして以て人を調ちょうすること勿れ。旅獒りょごうに「人をもてあそべば徳を失う」とあるのは、しんに是れ明戒めいかいなり。〔晩録一九八〕

~現代語訳は、前回の記載をご覧ください。~

 

<出典:「言志四録 佐藤一斎」渡邉五郎三郎監修 致知出版社>

 

 

前回の「言志四録」であげた言葉を再度考えます。

 

理由は、いま一つ納得し切れなかったためです。

 

 

今回思うこと、それは「削り、磨き、深める」です。

 

 

 

 安岡正篤師は「自分を責めよ」と言われます。

 

「人を論じたり、世を論じたりすることはやさしいが、自分を論じ、自分を知るということは、実はこれが一番大事であるにかかわらず、なかなか難しいことである。

 人間は、先ず自分を責むべきであって、世の中や時代を責むべきではない。

世の中が悪い、時代が悪いというのならば、そういう時世に対して、一体自分はどれだけ役に立つのか(略)よく自分を責めるがよい。」

<出典:「安岡正篤一日一言」安岡正泰監修 致知出版社>

  

他人や世を論じることは、誰にでもできる容易たやすいものです。

今日の言葉にあるように、人を侮ったり、からかったりすることも同じ。

 

そんな時間があるのなら、自らの責務を顧みよと、

その上で自分を論じ、自分を知ることが最も重要と言われます。

 

 

人をあざけ、からかうことなど何も成しません。

 

 

こんな言動は、自分の内面から「削り」取り、排除すること、

 

これが自らの徳を高める第一歩でしょう。

 

 

 そして自らを「磨く」こと

 

 坂村真民氏の詩、「鈍刀を磨く」を紹介します。

 

   鈍刀をいくら磨いても

   無駄なことだというが

   何もそんなことばに

   耳を貸す必要はない

   せっせと磨くのだ

   刀は光らないかもしれないが

   磨く本人が変わってくる

   つまり刀がすまぬすまぬと言いながら

   磨く本人を

   光るものにしてくれるのだ

   そこが甚深微妙の世界だ

   だからせっせと磨くのだ

<出典:「坂村真民一日一言」坂村真民著 致知出版社>

 

自らを高めるために、わき目もふらず磨く。

 

自らを磨かずに放っておくと、心の中には雑草が生え、ガラクタが増え、

何もできないのに偉ぶるという、傲慢の極みに成り下がります。

 

自らを磨けば、他人の良い点を見出す力もつき、多くのことを学ぶことができます。

 

 

人生は、余計なことを「削り」、自らを「磨く」こと

 

これだけで充分かもしれません。

 

 

加えるなら、あらゆるものを大事に扱うことです。

  

 平澤興氏に次のような一言があります。

 

   粗末な頭などというもものはなく、

   粗末に扱えばみな粗末になるが、

   大事に使えばみな大事なものになる。

<出典:「平澤興一日一言」平澤興著 致知出版社>

 

 

周囲の人、物、全て大事に捉えて扱う。

 

他者を大事に考えておもんばかり、その人が花を咲かせられるよう応援する。

 

 

花を咲かせたその人は

あなたにとって大切な人

あなたにとっての宝物

 

 

自らの扱いを、大切に大事に変えるだけで、周りに宝物が溢れだします。

 

愛おしい、本当に愛おしい人生の瞬間。

 

 

 

 最後に、再び安岡正篤師の言です。

 

「お互いがこうして生きている。考えてみれば、これくらい不思議なことはない。この悠久なる時間と、この茫漠たる空間の中にあって、たまたま時と所を一にしてこうしているという、こんな不思議なことはないということがわかれば、この現実、この刹那、この寸陰(わずかの時間)、この場、この身というものが、何よりも大事なのである。無限に愛惜すべきものになる、これを「たんじゃくしんみょう」という。

 それを把握するためには、取りとめのない日常の身命などは、値打がない。これはしゃくしんみょう(身命を惜しまぬ)である。

 真に道を得るためには、それこそ不惜身命でなければならない。何が故に身命を惜しまぬかといえば、但惜身命-本当の身命というものを限りなく愛するからである。(略)

 命がけで命を惜しむ。但惜身命なるが故に、不惜身命。不惜身命にして、但惜身命になる。」

<出典:「安岡正篤一日一言」安岡正泰監修 致知出版社>

 

 

今日の言葉、「人を玩べば徳を失う」

 前回は、客観的視点でとらえました。

 

今回は、自分の内面と対峙すること

  それからから逃げるなら、

       傲慢になり、人をあざけり玩ぶことに繋がりかねず、

それは自ずから、つまり自分の内面から

「徳を失う」という原理を考えてみたものです。

 

 

 

取るに足らない余計なものは「削り」

その上で自らを「磨き」

あらゆるものを大切に扱い自分の人生を「深める」

 

 

一人一人は、自身の愛おしい人生を創り上げる創造主です。