道は天地自然の物にして、人は之を行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛する也。
(道というものは天地自然のものであり、人はこれにのっとって生きるべきものであるから、何よりもまず、天を敬うことを生きる上での目的とすべきである。
天は他人も自分も平等に扱い、愛してくださる。
それと同じく、自分を愛する心をもって他人を愛することが大事である。)
<出典:「西郷南洲遺訓」桑畑正樹訳 致知出版社>
西郷南洲遺訓の中に、何度か出てくる「敬天愛人」の教えです。
私たちは、自分で何も選ばないまま、この世に生まれました。
動物か植物か、哺乳類か鳥類か、熊か人間か、白人か黄色人種か、・・・
大雑把に考えても、結構な数の選択肢があげられます。
一つ一つ自分で選んだわけではありません。
全て天が決めたことです。
その天の意思とは
生きとし生けるものを愛すること
その天の意思によって生じた私たちは
天の恵みを享受し、天の意思にもとづいて生きることになります。
「天地自然は、この宇宙で必要であるからこそ、私たちを存在させています。誰一人、何一つ偶然に生をうけたものはなく、したがってムダなものはこの世には一切ありません。」
<出典:「稲盛和夫一日一言」稲盛和夫著 致知出版社>
天がこの宇宙で必要だからと存在させた私たち
さて、どのように生きればよいのでしょうか。
なるようにしかならない、成り行きで生きるだけということでは
その生涯は天の意思に沿わないまま、周囲の状況を受け入れるだけです。
受け身の姿勢では、愛も平和もあらゆる価値も、何も生み出せません。
元来、人間は消極的な生き物、ネガティブな生き物のようです。
生存圏を広げると危険性が高まると考え、
できるだけその地から移動しないようにするのです。
そのままなら、ホモ・サピエンスとして他の種、例えばネアンデルタール人などとの交流も生じないでしょうし、違った環境へ適応する機会も生じません。
しかし、中にはリスクを冒してでも新天地を開拓する者が出てきます。
アフリカを出て、ユーラシアに渡る
大きな危険を孕む挑戦
しかしそれが、人類の生存領域を全世界に広げる第一歩でした。
意志を持たねば、現状は変えられないのです。
意志を持たねば、取り巻く環境の変化に翻弄されるだけで、
ネガティブなスパイラルの中をグルグル回って一生を過ごすことになります。
自ずと、悲観主義的な人格が形成されるでしょう。
意志があれば、常に新しい扉を開くことになり、
自らの可能性を開花させる機会が得られます。
きっと、楽観主義的な人格を形成することになるでしょう。
もちろん、不運に見舞われ、命を落とすこともあるかもしれません。
ただし、それは仕方のないこと
ネガティブ・スパイラルの中でも100%の安全など保障されません。
天からの意思を受け継ぎ
そして自らの意志に基づく楽観性を携え
積極的、能動的に行動することで
伸び伸びと自分の人生を大きく開花させる
これが人として生み出された理由、役割ではないでしょうか。
天は、そんな私たち、生み出したすべての命を愛しています。
だからこそ、自分を大切にし、愛するように、
自分以外の人、全ての命を大切にし、愛すること
それが、天の意思を受けた生き方になるのでしょう。