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COLUMNSブログ「論語と算盤」

為政者のあり方

2023年6月13日

さんう。くんの道よつり。おのれを行うやきょう、其のかみつかうるやけい、其の民を養うやけい、其の民を使つかうや

(先師が子産(鄭の名太夫)のことを評して言われた。

 「為政者の守るべき道が四つある。第一は、自分の身の振舞いをうやうやしくすること。第二は、上に事えては慎み敬うこと。第三は、民を養うには、慈しみ且つ恵み深いこと。第四は、民を使うには、道義に適って公正であること。これらを実践されたのが子産である」)

<出典:「仮名論語」伊與田覺著 致知出版社>

 

 

 

 

せいしゃ

 

まつりごとを為す者

 

上に立つ者

 

その役割は極めて大切

 

 

 

 しかし、だからといって、その為政者が尊敬に値する人物でない限り、従う者は居ません。

 

 

大切なことは

 

民衆がたっとぶ者こそ為政者であり

 

民衆におもねるような者は不適格ということ

 

 

為政者自らが

正しい姿勢で

正しい考えで

正しく役割を

果たしていく

 

これが大前提

 

 

天道を踏まえているか

その上で人道に沿っているか

 

 自らを磨く心ある人なら、それを容易に判別し、見抜くことができます。

 

だからこそ、為政者の振る舞いは極めて重要となります。

 

 

 

 

帝王学の教科書として知られる

 

東洋古典の『じょうがん政要せいよう

 

 

 君主としてのあり方や考え方を明確に記した貴重な史料であり、またこの時代が泰平の世であったことが、その適切さを証明していると言えます。

 

 

 「君道 第一」の冒頭、「君主たるの道」において、為政者のあり方を明確に述べています。

 

 貞觀初、太宗謂侍臣曰「爲君之道、必須先存百姓、若損百姓以奉其身、猶割股以啖腹、腹飽而身斃。若安天下、必須先正其身、未有身正而影曲、上治而下亂者。朕毎思傷其身者不在外物、皆由嗜欲以成其禍。若躭嗜滋味、玩悅聲色、所欲既多、所損亦大、既防政事、又擾生民。且復出一非理之言、萬姓爲之解體、怨讟既作、離反亦興。朕毎思此、不敢縦逸」。

 

(貞観年間(六二七~六四九)の初め、皇帝の太宗たいそうが側臣に向かって言った。

 「君主たるの道というものは、必ずやまず民衆を憐れまなければならない。

もし民衆を損なって、君主の身に奉仕させようとするのであれば、それは自分の股の肉を割いて自分で食うようなものだ。満腹になっても、死んでしまうであろう。

 もし天下を安泰にしようとするなら、君主は必ずまず自分の身を正すべきである。身が正しいのに影が曲がっていたり、上が治まっているのに下が乱れたりすることは、いまだかつてなかった。

 私はいつも、自分の身を損なう要因は外からのものにあるのではなく、災いはみな自分の欲望によって起こると思っている。もし美食にふけり、音楽と女色を喜んでいれば、欲するものを多く手に入れたとしても、費用もまた大きい。

 それは政治を妨げ、人民を乱すことになる。そのうえ、道理に外れるたった一言を吐けば、万民はそれによってバラバラとなり、えんの声があがり、国への離反がおこる。

 私は常にこう思うので、安逸に暮らそうなどと思ってはいられないのだ」。)

 

 

 また、「誠信 第十七」、「水源が濁れば川も濁る」では、道理を踏まえることの重要性が記されています。

 

 佞臣ねいしん(皇帝にへつらしん)を朝廷から排除するように願い出た者がいた。

皇帝太宗が、佞臣をどうやって判別するのかを問うと

「陛下にお願いしたいのですが、怒ったふりをして臣下たちを試してほしいのです。もし陛下の怒りを恐れずに、自分の信じる意見を直言すれば、それは正しい臣下です。陛下の気持ちに従って阿る者がいれば、その者が佞臣です。」と答えた。

 

 対して太宗は、次の言葉でもって、この提言を却下します。

 

「流水淸濁、在其源也。君者政源、人庶猶水。君自爲詐、欲臣下行直、是猶源濁而望水淸、理不可得。」

 

(川の水が清いか濁っているかは、水源によって決まる。君主は政治の水源であり、人民は川の流れのようなものである。君主自身が噓をついて、臣下に正直であってほしいと願うのは、まるで水源が濁っているのに、水の流れが清らかであってほしいと望むようなもので、道理に合わないであろう。)

 

 

 民主主義は守っていくべきです。

 誰でも自由な生き方を選択できること

 人々はそのための義務を果たす

 弱者を助け人権を守ること

 そして暴力を用いないこと

 

 

しかし今の日本は

都合の良いところをだけを得ようとしていないか

自責を避けて他責にすり替え

自身の義務を果たしているのか

 

 

 

まずは

為政者としての「あるべき姿」を

示すことができる政治家

それを国民一人ひとりが望むこと

そしてそれを要求していくこと

 

 

この国の行く末は

 

外ならぬ私たち一人ひとりの

 

生きる姿勢

 

その真剣さと真摯さで定まるのです