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COLUMNSブログ「論語と算盤」

徳を積む

2023年5月9日

子路しろ、聞くこと有りて、いまこれを行うことあたわざれば、ただ聞く有らんことをおそる。〔公冶長第五〕

(子路は、一つの善言を聞いて、まだそれを行うことができないうちは、更に新しい善言を聞くことを恐れた。)

<出典:「仮名論語」伊與田覺著 致知出版社>

 

 

 

 

子路の思いには

為すべきことの重みが感じられます。

 

 

 

 子路は勇猛果敢で、武の道に長けた者だったようです。

 

時には、やや乱暴でがさつな言動を孔子に叱責されることもありました。

 

ただ、それでも素直に修養しようとする姿勢に、孔子も好感を持って接していたようです。

 

 

 

 

一つの知恵や善言を自分の身体に染み込ませ

 

その後に次を得る

 

 

 

 一つひとつの積み重ねでしか、決して徳のある君子になれないことをよく理解していたことの裏返しです。

 

人物を創り上げること、それは一足飛びにはいきません。

 

一つひとつを自分の身に染み込ませていくことで徳が大きくなり、知恵ある生き方ができるようになっていくのでしょう。

 

 

 財も同様です。

 

資金が足りない中、借金してでも手に入れようとし過ぎると破綻します。

 

 

 

「徳は本なり。財は末なり。」

 

<引用:「『大学』を素読する」伊與田覺著 致知出版社>

 

 

 

 

 徳を積むことは、食事で栄養を摂ることと同様、いやそれ以上に大切な取り組みと言えます。

 

現代の風潮は、もっと手っ取り早く欲望を満たす行為、例えば資金の運用や悦楽の享受によって豊かさを得ることに意識が向いているようですが、深奥部に“徳”がなければ、その基盤は危ういものであり、またその行く末は怪しいものです。

 

 

国民一人ひとりの知恵や徳が十分に熟成しているような国であれば、他国は口出しできません。

 

そうでないから、挑発したりされたり、醜い言い争いをし合う関係になっていくのです。

 

 

 

一人ひとりが善行を聞き

 

一つひとつを自らの血肉にする

 

 

 

 

~積小為大~

 

 翁(二宮金次郎)の言葉に、大きな事をしたいと思えば、小さな事を怠らず勤めるがよい。小が積って大となるからだ。およそ小人の常として、大きな事を望んで小さな事を怠り、できにくいことに気をもんで、できやすいことを勤めない。それゆえ、ついに大きな事をしとげられない。それは、大は小の積んで大となることを知らないからだ。

 たとえば、百万石の米といっても粒が大きいわけではない。一万町歩の田を耕すのも、一くわずつの手わざでできる。千里の道も一歩ずつ歩いて行きつくのだし、山を作るにも一もっこ・・・の土を重ねてゆくのだ。この道理をはっきりわきまえて、精を出して小さな事を勤めてゆけば、大きな事は必ずできあがる。小さな事をいい加減にする者は、大きな事は決してできぬものだ。

 

<引用:「二宮翁夜話」福住正兄 原著 佐々井典比古 訳注 致知出版社>