物言ひの肝要は言はざる事なり。言はずして済ますべしと思へば、一言もいはずして済むものなり。言はで叶はざる事は言葉少なく、道理よく聞え候様いふべきなり。むさと口を利き、恥を顕はし、見限らるる事多きなりと。〔聞書第十一〕
(話し方のコツは、なにもいわないことである。いわずにすまそうと思えば、一言も口をきかずにすむものだ。どうしてもいわなければならないことは、口数を少なく、筋道がよくわかるようにいわねばならぬ。不用意に口をきけばぼろを出し、軽蔑されるのがおちである。)
<出典:「続 葉隠」原著 山本常朝/田代陣基 神子侃編著 徳間書店>
沈黙は金
無言でいると、自然と有利になったり、持ち上げられたりすることがあります。
ただしそれは交渉事などの場面であり、安全が優先される船舶や航空機の運航ではむしろ沈黙は悪となります。
20世紀の航空機の世界では機長の威厳が強すぎて、副機長や機関士が意見することが憚られるような状況だったそうです。
そんな中、ある大事故の原因が、コックピット内のコミュニケーション不足であったという調査結果がでました。
緊急事態に陥ったそのとき、機長一人が全責任を負うという重圧、そして機長一人の判断に従うべきという慣習が判断ミスを招き、結果的に大事故につながったというのです。
このような場面では、マニュアルや手引書をもとに、各人が最善を尽くしつつ、適切に提言や確認など意見を述べ、さらにその意図を共有することによってはじめて、安全を確保するための優先順位が明確になっていくそうです。
そのため機長は、特に副機長のキャリアや保有しているノウハウなどについて、搭乗前によく聞きとって把握しておくことが重要な準備となります。
過去の多大な犠牲から得た教訓のおかげで、現代の航空機事故は極めて少なくなっているのです。
一方で、一対一の交渉の場面で、多弁すぎるのはあまり良い結果を得られません。
多く語りすぎると、相手は自分が好都合な点のみを承諾し、不都合な点は尤もらしい理由をつけて否定します。
こうなると、もはや次の手は限られてきます。
逆に、誠意ある態度で、言葉少なに対応していると、当方に好都合な方へ、相手が勝手に話を展開していくことがあります。
気がついたら、相手が商談を作り上げてくれることさえ・・・
そして、商談をまとめてやったという自負心さえ見え隠れします。
こんなときは、ありがたく感謝の意を伝えることで、今後の良好な関係づくりにつなげることが可能です。
また、集団内においても、核心的で重要な事柄を述べるにとどめるのが無難でしょう。
ただしこれには、深い洞察と思慮、そして関係者の多くが納得できる道理を踏まえておくことが欠かせません。
以前、有名な商社の役員の話を聞いたことがあります。(実名は伏せます)
その人は、会議の中で自らの意見を発することはありません。
部門責任者にそれぞれ意見を述べさせて議論させたのち、最後にその人が決断を下すというスタイルだったそうです。
自分の考えを脇に置き、どの意見を採用することが最も組織の力が発揮できるか、社員のやる気が出るか、効果が出るか、短期と長期、波及効果等を鑑みた上で最善の策を取り上げるわけです。
私見は抜きに、会社にとって最善な意思決定を下していくのです。
そしてその後、採用しなかった意見を述べた部下のもとに足を運び、労をねぎらったそうです。
部下の印象は、全貌を把握した洞察力や人的側面への配慮、さらに思慮深さが伝わってくる尊敬できる指導者とのこと。
まさに知と徳の両面を兼ね備えたリーダーです。
沈黙は金
語るにしても言葉が大事
「あんたのひと言が大事や
いい加減な言葉を使ったら
四頭立ての馬車で追いかけても
追いつかんぞ」
〔茶道裏千家前家元 千玄室氏が名僧 後藤瑞巖氏より教えられた言
月刊誌致知五月号より〕