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COLUMNSブログ「論語と算盤」

徳こそ人の格

2023年3月14日

数馬(利明)申し候は、茶の湯に古き道具を用ふる事を、むさき事、新しき器綺麗にして然るべしと申す衆あり。又古き道具はしをらしき故用ふるなどと思ふ人もあり。皆相違なり。古き道具は下賤の者も取扱ひたる物なれども、よくゝその徳ある故に、大人の手にも触れらるゝものなり。徳を貴みてなり。奉公人も同然なり。下賤より高位になりたる人は、その徳ある故なり。然るを、氏もなき者と同役にはなるまじ、昨今まで足軽にてありし者を頭人には罷成らず、と思ふは以ての外取違ひなり。もとより、その位に備はりたる人よりは、下より登りたるは、徳を貴みて一入崇敬する筈なり。〔聞書第二 教訓〕

(中野数馬殿がいったことだが-「茶の湯で古い道具を用いることはむさ苦しい、新しい器の方がきれいでよい」などという人がいる。また「古い道具は珍しくてよいから使うのだ」と考えている人もいる。これらはみな思い違いである。

 古い道具というものは、下々の者が使ったこともある品であるが、品に備わった徳というものがよくよくであった故に、高貴の人の手にもふれられるようになったのである。みなその品の徳によるものである。

 奉公人についても、これと同様のことがいえる。下賤の身から出て高位に上がった人は、やはりそれだけの徳があったのである。

 それを、氏素姓もないものと同役をつとめるのは不服であるとか、昨日まで足軽だったものを上役とするわけにいかぬなどというのは、もってのほかの考え違いである。

 元来、その家柄に生まれた人よりも、下々から高位に上った人は、それだけの徳があるのだから、より一層、敬わねばならない。

<出典:「葉隠」原著 山本常朝/田代陣基 神子侃編著 徳間書店>

 

 

 

 

 編訳者の解説に、「がんじがらめの世襲制度の時代の発言として考えれば、なかなか革新的である」とあります。

 

 

時代という軸を外し、家や組織の隆盛という視点から考えると、原著者の山本常朝つねともと田代陣基つらもとによるこの指摘こそが真のかなめ、核心と感じます。

 

 

 

過去から現代まで続く世襲制度、この制度は良いのでしょうか、悪いのでしょうか。

 

もっともらしい見解も見られますが、自らがその立場になって、良悪含めた様々な経験を踏まないことには、到底結論付けられません。

 

 

 

 他方、ごく普通の親子関係においても、世襲的な流れというか雰囲気が感じられます。

 

親の側は、自らが歩んできた人生、その節々での判断、いまに至る経緯について納得し、また自信も持っています。

 

そのため、自分の子にも同じ考え方を持たせたい、同じ職業につかせたいという願望が自然に生じるものです。

 

自分が望む道に進んでほしい、自らが人生を切り開いていってほしいと願う気持ちも持ちながら、親の価値観を押し付けようとすることもあるでしょう。

 

一方、子は子で、親に比べれば短い人生経験とおぼろげな理想像から自分の意見を形作ろうとしていますから、少なからず親の意見と対立してしまいます。

 

 

しかし子は、親の考え方や価値観を無視することはありません。

 

 

間違いなく心の片隅に保管しており、参考にしたり、指針にしたり、時には納得したりしているのです。

 

 

 

 

 膨大な数の親子が存在し、いろんな意見がぶつかり合っています。

 

そんな中、誰もが認めざるを得ないもの、一目置かざるを得ないもの、それが“徳”です。

 

日々徳を積み上げることで、自らの意見に磨きがかかります。

 

磨かれた考え方や価値観は、周囲の人々の賛同を得やすく、多くの人を良い方向へ導いていくことでしょう。

 

 

家や組織を発展させられる大事な要因

 

それは構成する人々の徳の高さ如何いかん

 

改めて

「徳こそ人の格」