Loading

COLUMNSブログ「論語と算盤」

真の勝ち負け

2022年11月26日

公事沙汰くじざた、または言ひ募ることなどに、早く負けて見事な負けがあるものなり。相撲の様なるものなり。勝ちたがりて、きたな勝ちするは、負けたるには劣るなり。多分きたな負けになるものなりと。上り屋敷の事。口達。〔聞書第二〕

(訴訟沙汰や論争などで、あっさりと負け、しかもそれが非常にみごとだったという負け方がある。相撲の勝負にも同様なことがある。

 勝ちたいあまりに、きたなく勝つというのは、負けるよりも劣っている。きたない勝ちは、結局、きたない負けに通ずるのである。上り屋敷の事件については別に説明しよう。)

<出典:「続 葉隠」原著 山本常朝/田代陣基 神子侃編著 徳間書店>

 

 

 

 

良き敗者、偉大なる敗者

 

いろいろな場面で人々の心に残る敗者がいます。

 

 

 

全力で真向勝負し、その結果負けたのなら、潔くそれを認めることが大切です。

 

そうではなく、勝ちたいばかりに反則まがいなことやずるいやり方で仮に勝ったとしても、そこから得られるものは何もありません。

 

いや、逆に失うものさえあるでしょう。

 

 

それは自分自身

 

 

 

正々堂々と相手と対峙し、その結果負けたとしても、そうであるからこそ見えてくる景色があります。

 

ごまかしてでも勝てば良いという考え方を是とする人は、みずからを人生の迷子にさせてしまっています。

 

 

 

 

では、勝つとはなにか

 

 

幼いころに勉強やかけっこで強かった友達はいますが、しかしその強みが後々の人生にどのような影響を与えるのでしょうか。

(その道でプロや職人になる人は別として)

 

 

考えるに、思い出としては良きものでしょうが、本人の心を強くするような働きは少ないのではないでしょうか。

 

 

単に相手と競争するという相対的な勝負での勝利

これは本人の心の糧にはならないようです。

 

 

絶対的な勝利、それこそが人物を練り上げていくのでしょう。

絶対的な勝利、それは自己との闘いでの勝ちです。

 

 

自分の心の中にある、天との語らいの場、天に見られている場、その場での天に対する報告です。

 

天に対して、真正面から報告できるのは、正しく戦ったからこそです。

 

仮に負けたとしても、次は勝つということの報告です。

 

ずるい戦い方をしたのなら、天に顔向けできないのです。

 

 

 

一つでいい

 

なにかひとつ

 

天に勝利報告できるものを育みましょう。

 

 

 

決して技能的側面ばかりではありません。

 

誠実、愛、思いやり、信頼、正直、貢献、挑戦

 

世のため、人のため、役立つこと

 

全てが天との語らいの場で報告する事柄になります。

 

 

 

自己との闘い

 

決してつらいものではなく

 

まったく逆に楽しいものです。

 

 

ひと握りの勇気さえあれば

 

誰もが自分自身を練り上げることができます。