衣食住は並に欠くべからず。而して人欲も亦此に在り。又其の甚だしき者は食なり。故に飲食を菲くするは尤も先務たり。〔耋四三〕
(衣食住は欠くことのできない生活の根本である。したがって、人間の欲もまたここにある。また、その欲の中でも甚だしいのは食欲である。ゆえに飲食を切り詰めるのは、第一にするべき務めである。)
<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
飲食を切り詰める
飽食と言われる現代、なかなか難しいことかもしれません。
特に意識しなくても、知らないうちに食べ過ぎ、飲み過ぎてしまう
加えて、我が国の食品廃棄量は国民一人当り一日にご飯茶碗一杯分とのことであり、海外から食糧を輸入している中でこれだけの廃棄を行っているのは自然な営みとは言い難いでしょう。
そして、世界全体では九人に一人が栄養不足の状況とのこと
戦後の高度成長期の公害と同じような背景ではないでしょうか。
つまり、物質的な豊かさが感じられるので、特段の調整が行われない野放図な領域となっているのでは
満たされているとき
未来のリスクに対し
人は考えが及ばない
ホテルの朝食は、ほとんどがバイキングですが、その中でも違いがあります。
・大きなボウルに食材を山盛り入れて、客がガサガサと漁るタイプ
・料理ごとに小さい器に入れて、客が器ごと取っていくタイプ
詳しくはわかりませんが、食糧廃棄の観点からは後者の方が軽減されるように感じます。
少なくとも、一般的な人にとって、つまり食する側としては後者の方が望ましいはず
私は二、三年前から、一日、大ざっぱに二食を基本としています。
夕食は普通に食し、翌朝は少量の朝食(これを入れると三食になりますが)、具体的には酒粕を温かい牛乳で溶かした「酒粕ミルク」を一杯と、バナナ半分です(半分なのは、一本を妻と分け合うから)。
昼は普通に食べています。
中学生のころ、ふと動機が芽生え、朝刊の新聞配達を始めました。
これは、大変な空腹を感じる仕事、成長期の身にはまるで修業のようなものでした。
そのため、配達を終えて帰宅して食べる朝食では、ご飯を軽く三杯は平らげていました。
この影響で、「朝は空腹」という体質が根付き、新聞配達をやめた後、成人してからも朝食はご飯を二杯は食べていました。
しかし、四十代半ばから、昼食時に空腹を感じなくなったことに気付きます。
どちらかというと、正午だから食べる、皆が食べるから食べる、という受動的習慣のような
そんなときです。
もともと小食だった妻に合わせて、朝食を「酒粕ミルク」とバナナでしのぎ始めたところ、健康診断の結果や、身長に対する体重も理想的とは言い過ぎでしょうが、相当に良くなりました。
誰もが長生きを望む
果たしてそれは何のため
やはり
欲を抑える自戒と自律
それによって得られる健康
そして長生きする
長く生きる理由は
自らの人生における
責務を果たすため
そう感じます