敬老如父母 愛幼如子弟 〔實語教〕
老いたるを敬うは父母の如し。
幼を愛するは子弟の如し。
(意訳:お年寄りに接しては、自分の父母であるかのように敬うこと。幼子に接しては、自分の子や弟妹のように慈しむこと)
<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>
お年寄りを大切に
かなり昔からいわれてきたことです。
多くの人がその気でしょうが、近年特に、行動に移せる機会が少ないのが実情ではないでしょうか。
私の父は25年前に他界しましたが、母は今年米寿を迎える歳です。
ただ、足腰も衰えはじめ、認識力もやや弱まってきたため、今は施設にお世話になっています。
先日も会いに行きましたが、お道化て笑わせることが好きな性分で、今でも変わらないその明るい振る舞いにはこちらが癒され活力をもらった気がします。
お年寄りといえば、最も印象深いのが母方の祖母です。
中学時代の同級生からは、優しい顔をしているとよく言われる祖母でした。
私にも、長い人生経験から得られた知恵、人生にとっての大事を教えてくれました。
人は、高齢になるほど、人生の終局を意識します。
浅薄さや軽薄さからは距離を置き、人生にとって本当に大事な知見を、自分の中の‘標本’のようにしていきます。
健康にも気遣いながら、そんな思いと共に、一日一日を懸命に過ごしています。
しかし残念なことに、この日本にもお年寄りの財産を奪おうとするような狼藉者が出てきています。
人の道に悖る行為
幼子に対しても同様に、可哀そうなことをしでかす輩も少なくありません。
なぜでしょうか
赤子が泣けば家族皆であやし、お乳をあげたり、おむつを変えたり、服を着たり脱がしたり、そんな手間をかけながら、大人も同時に知見や知恵を得ていくのが家族なのでしょう。
そして幼子は
父母から愛され
生きる糧を与えられ
日々助けてもらって成長する
さらに
祖父母や近所のお年寄りから
人生の知恵を授けてもらう
そうしてこそ、この幼子はやがて自律し、自立して、自分の二本足で人生を歩んでいくのです。
日常生活や精神がちゃんとしていないと
いいものはつくれない
人生の「構え」
刀鍛冶としての「構え」ができるまでには
十年くらいかかる
(引用:月刊『致知』2026年3月号「人間ではなく仕事を前に出せ」)
人生の「構え」をつくるには
自らの思いに加え
他者の経験から学ぶことも必要
少子化は
一国の永い歴史から得られた知恵を
途切れさせるだけの影響力を持っています
自然の原理
宇宙の法則に則った
生き方をしていく
そのために必要なのが
〝 人間学 〟