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COLUMNSブログ「論語と算盤」

順境下の修養

2026年3月10日

得意の事多く、失意の事少なければ、の人、りょを減ず。不幸とうべし。得意の事少なく、失意の事多ければ、其の人、知慮をちょうず。さいわいと謂うべし。(耋三三)

(思うようにいくことが多く、失望することが少なければ、その人は真剣に考える機会がなくなり、智慧と思慮が減少していく。不幸というべきである。思うようにいかないことが多く、失望することが多ければ、その人は考える機会が多くなり、智慧と思慮が増していく。幸いというべきである。)

<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>

 

 

 

 

うまくいかないことが多ければ

悩み考え抜く

そこから知恵と思慮が生まれる

 

うまくいくことが多ければ

悩み考える必要性を感じない

そのため現状で停滞してしまう

 

つまり

逆境こそが幸いで

順境であれば不幸

 

 

 

普通に考えれば反対だろうと思われます。

 

しかし、そんな淡白で表面的なものではないということです。

 

 

 

ただ、うまく事が運ぶことが続くという人もいるでしょう。

 

この人は、本質的に不幸が決定づけられているのでしょうか。

 

 

 

思うに、次のような考え方ができれば、このような人の人生はさらに輝くことになるでしょう。

 

 

まず、事がうまく運んで幸せだということをきちんと認識して感じることができること、このような心の力を養うこと。

 

 

例えば、悲観的な人は、いつも自分は不幸なのだと感じています。

 

またそれを他責(自分に責任はなく、他人に責任がある)と考えているようです。

 

これは、不幸を歓迎する思考、自らをおとしめようとする心がけです。

 

 

確かに、その気持ちもわからないわけではありません。

 

困難な状況や不幸な境遇に対して、人は知覚過敏になり、あらゆるものが障害と感じてしまいがちです。

 

しかし、そんな逆境の中でこそ冷静さをとり戻し、少しでも自分の視野を広げることが必要です。

 

 

〝 九つまでは満ち足りていて、十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、人間はまずその不満を真っ先に口から出し、文句をいいつづけるものなのだ。自分を顧みてつくづくそう思う。

 なぜわたしたちは不満を後まわしにし、感謝すべきことを先に言わないのだろう 〟

 

(作家 三浦綾子)

 

 

 

自分の中に正しい意志を持つように心がけていれば、その人は自分自身を優れた楽観主義者に仕立て上げられます。

 

逆説的には、より多くの幸せを感じられる人ほど、強く広範囲な意思を有しているようです。

 

 

〝 悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである 〟

 

(仏哲学者 アラン)

 

 

 

 

もう一つは、うまくいった状況や幸せな状況の中でこそ、自らを律すること、慎むこと。

 

 

人が鍛えられるきっかけとして逆境に直面することには効果があるでしょうが、順境もまた人物を練り上げるまたとない機会です。

 

うまくいったとき、有頂天になって浮かれているだけでは、何も学べないまま単に年月を浪費するだけとなります。

 

 

〝 私たちは、苦難あるいは僥倖、そのいずれの「試練」に遭遇しても、決して自らを見失わないようにしなければなりません。

 つまり、苦難に対しては真正面から立ち向かい、さらに精進を積む。また成功に対しては謙虚にして驕らず、さらに真摯に努力を重ねる。そのように日々たゆまぬ研鑽に励むことによってのみ、人間は大きく成長していくことができるのです 〟

(引用:『稲盛和夫一日一言』稲盛和夫著 致知出版社)

 

 

 

人生を良くしていきたいのなら

 良くないことを避けるばかりではなく

 

良いことの中に

 自らを真摯に省みる

  そういう姿勢も欠かせません