安重深沈なるは、是れ第一の美質なり。天下の大難を定むる者は此人なり。天下の大事を弁ずる者は、此人なり。剛明果断なるは之に次ぐ〔品藻〕
(安重の安は、人に安らぎを与えることです。あの人ならば安心してついていける、絶対に間違いがないと人から思われる、そういう人物のことです。人物ができてきますと、その人の一言によって、大抵のことは治まるものです。
安重深沈の人物であってこそ、初めて天下の大難を定め治めることができるということです。
剛明は、剛毅明晰ということで、剛明果断の人も大変素晴らしいことであるが、安重深沈の次であるといっております。)
<出典:『呻吟語を読む』安岡正篤著 致知出版社>
<前回に続いて、出典書籍の付記、豊田良平氏の「人間錬磨の書『呻吟語』に学ぶ」からの言です>
人物として完成した状態
想像するに
決して若くはなく
それなりに年齢を重ねているはず
言い方を変えれば
〝 大器晩成 〟
第二の美質が、剛明果断とのこと。
これはつまらない私見でしょうが、四十から五十歳代でこの領域に達し、前進し続ける鉈のようなパワーを持った人という印象です。
そして、五十歳代を越える段階で安重深沈の域、つまり人物として第一の美質を有することが望まれるということでしょう。
〝 慎独 〟と〝 修身 〟の弛まぬ実践を経てこそと感じます。
冒頭の一節に以下が続きます。
其他、浮薄にして好みて任じ、能を翹てて自ら喜ぶは、皆、行、逮ばざる者なり
(自らを好しとして、自分の才能をひけらかし、自己満足をしているような人物は、行いの及ばない者である)
即し諸を行事に見はせば、施為、術無く、反って事を僨る。此等は只だ談論の科に居る可きのみ
(そういう人に仕事をやらせてみると施為、つまりやることなすことに術を知らず、かえって失敗する。これらは談論の科、ただ口先だけで実行を伴わないものだ)
豊田氏は続けて、事に当たっては、あくまでも真剣に取り組み、実行していかなければならない、どんな場合でも最後のところは自分の実行力いかんにかかわってくる、いざ実行するに及んで、気後れしたりたじろいだりしてしまうと事を僨ることになるとのこと。
仕事
やるべきこと
それには全力で立ち向かう
そしてそれは当然
自らの良心に沿ったものであること
かの豊臣秀吉は、どんな卑しい仕事でも尊い仕事を同じ気持ちでやる人物であると、織田信長に見込まれます。
信長亡き後、怯むことなく気後れすることなく、真剣に全力で前進し、その結果、身分を持たない厳しい環境から一国を治める人物にまで登りつめるのです。
ここで想うのは、秀吉は剛明果断な人物ではないかということ
では、安重深沈はというと、やはり徳川家康となるのでしょうか。
現代は、理性が重視され、損得勘定や財力に振り回される傾向が強いと感じます。
これはつまり
自らが
他人の価値観に
すり寄っていく行動です
“ 猿回しの猿 ”
自らの良心に基づき
全力で自分自身を創り上げること
私たちの祖先も
私たちに対して
そういう生き様を望んでいるはず