尊厳の地・大衆の前・震怖の景に当りて、心動き気懾るるは、只だ是れ涵養、定まらざるなり
(おごそかな場所や大衆を前にして心が動揺し気後れして恐れるのは、その人の涵養が定まっていないから)
<出典:『呻吟語を読む』安岡正篤著 致知出版社>
“ 恐れ ”
最も卑しむべき心情
進むべきか退くべきか
見てみぬふり
これもその後の情況を恐れてのこと
自分を省みてもそうですが、圧倒的多数の人は、恐れによって行動することを躊躇しています。
見方を変えれば、動物の本能として避けているのかもしれません。
物事や事態そのものを
全体的かつ細部にまで
把握できているのなら
恐れる余地はないはず
しかし、そのようなときでさえ、いたずらに心が邪魔することがあります。
例えば
徳川家康公は
「必ず急ぐべからず」と言われた
もしや
私が下した判断は
焦っているからなのか
急いでいるものなのか
こんな、余計な考えが頭をよぎるのです。
一生を振り返って思いを馳せるような考え方やその人物の立場、それに比べて、自分自身にとっての今このときの判断をどうするか
このような違いをどう解釈すべきなのか
いや、こんな思いに陥ることこそ、恐れを意識して行動を躊躇している証ではないか
熟考すればするほど、考え方の軸がバラバラな思いが頭の中を駆け巡り、判断を遅らせます。
結局、熟考の末に何も行動しないことがなんと多いことか
平和で穏やかながらも
社会全体に躍動感が無く
革新や進歩に期待できない時代
こんな情景も、知識が簡単に入手でき、誰でももっともらしい考え方ができるような利便性を手に入れられたからかもしれません。
この、もっともらしい考え方や議論というのは、誤った判断を招きかねません。
考え方の軸、時、人々の価値観、これらの前提条件が一致していないのなら、そもそも議論は集約しないはずなのです。
自らの直感
自らの価値観
これに基づいて
行動することも大切
自信を持って
そうできるようになるには
場数を踏み
色々な人物と触れ合うこと
恐れのために
平均的な考えや
右に倣えの行動基準となったなら
〝 一回きりの生 〟の価値が活かせません
そして自己の責務も果たせません
恐れを排除し得る
己の確固たる意志
それを得て
それに基づき
日々生きていきたいものです