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COLUMNSブログ「論語と算盤」

敬う心

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2026年3月24日

我敬於他人 他人亦敬我 己敬人之親 人亦敬己親 〔實語教〕

われにんうやまえば、他人また我を敬う。

おのれひとおやを敬えば、人またおのれが親を敬う。

(意訳:自らが他人を敬えば、他人の方も自らを敬ってくれるようになる。

 自らが人の親を敬えば、その人はきっと自分の親を敬ってくれるようになる。

<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>

 

 

 

 

他者を敬う

 

小さい頃は学校の先生

老人

バスの運転手さん

食堂の人

 

成人になれば

尊敬できる上司や取引先の人

 

そして自分の親

 

 

 

こう書けば多いものだと感じますが、これ以外に自分を助けてくれた人はいったい何人、何万人いるのでしょうか。

 

おそらく、自分が敬うことができているのは、ほんの一握りの人たちでしょう。

 

 

 

では

触れ合った人たち

全員を敬うべきなのでしょうか

 

 

 

われ外皆我がいみなわがとも言われます。

 

この意味など、つい最近までまったくわからず、実感さえできませんでした。

 

 

 

しかし今日

ヒントを得られました

 

 

生きる目的が

 自分自身を高め

  成熟させることであれば

 

自分を

 より一層

  練り上げねばなりません

 

大事なことは

 自省であり

  自分を高めるためには

   欠かせない修養の源泉です

 

 

人と触れ合えば、多くの場合、いくつかの失敗を犯します。

 

優れた人物との触れ合いが増せば、その失敗の頻度も高まるものです。

 

 

この失敗の数々

それこそが自省の種

 

 

つまり、他人は、自分の至らなさに気付かせてくれるわけです。

 

懇切丁寧に説明してくれる教師ではなく、自らを映し出す鏡として、自分の痛いところ、弱いところをありのままに見せつけてくれるのです。

 

 

人との触れ合いは

自分にとって重要なもの

 

だからこそ

気づかせてくれた

その人を敬い感謝する

それが道理

 

 

 

 

やや深入りしたかもしれません。

 

今日の言葉を、もっと言葉通りに素直に受け入れることも大切です。

 

 

他者を敬えば

他者も自分を敬ってくれる

 

 

そうでない他者もいるかもしれません。

 

しかし、自分の仲間や人生の師を見付けるためにも、触れ合うすべての他者を敬う心がけを持ちたいものです。

 

 

そして

他者にとって

最も大切な人をも敬うこと

 

まさに

恕の心

 

 

人と人との関係を良好にしていくこと

それこそが

自分を幸福にする鍵

 

この世は人と人との繋がりがあってこそですから