子曰わく、束脩を行うより以上は、吾未だ嘗て誨うること無くんばあらず。
(先師が言われた。
「かりそめにも束脩をおさめて入門させたからには、心をこめて教えなかったことはない」)
※束脩、乾肉を十束たばねたもの。入門のしるし。
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
弟子
つまり下位の者が礼を尽したのであれば
師
上位の者も礼を尽くさなければならない
世の中にはいろんな人がいます。
自分が上位なのだから、下位の者が礼を尽くすのは当たり前という振る舞いの者
逆に、弟子の心遣いを必要以上に尊重し、自らへり下ろうとする者
ともに、下位の者は困惑してしまいます。
孔子のように、人として対等であることを重んじ、誠意を持って対応することこそが礼に適った振る舞いでしょう。
立場が違っても
同じ人間同士
大切なことは、例えば下位の者が手土産を持参したのなら、上位の者はその気遣いに対して誠心誠意で応えること。
相手以上に、心を込めた対応が望まれるわけです。
このような関係を生み出せる人達であれば、お互いの心に絆が生まれます。
この世は所詮
人と人
だからこそ
他者を大切に思う
相手の気遣いに十二分に応え
一つずつ信頼を積み重ねていく
孔子とその門弟のように
永く
信頼し合える間柄へと
心で繋がる人達が
形作っていく間柄こそ
望ましい社会の姿だと思います。
そしてそんな社会は
人間にしか
作ることができない
今日の言葉について
私は
全くもって
反省するしかありません