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COLUMNSブログ「論語と算盤」

良心を基に

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2026年2月3日

学をすのこうは、しつを変化するにり。の功は立志にほかならず〔耋二八〕

(学問をなす効能は、人の気質を善く変化させるところにある。そして、それを実践するのは立志に外ならない。)

<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>

 

 

 

学問は

人の気質を良くする

 

実践するには

志を立てる

 

 

 

 

学問を高い水準までなし遂げれば、社会問題の解決につなげられる可能性が広がるでしょう。

 

そこまでの水準でなくとも、良い志を打ち立てれば、社会を良くすることにつなげられるはずです。

 

 

 

世の中を良くし、自分の人生を良くするためには、学問は必要条件で、立志が十分条件となりそうです。

 

 

 

学問とは、時務学と人間学の両面。

 

〝 切磋琢磨 〟という言葉がありますが、『大学』では次のように示されています。

 

 

せっするがごとく、するが如しとは、がくうなり

たくするが如く、するが如しとは、自らおさむるなり

 

 

時務学で生きていく知識や技術を学び、人間学でどういう人物になるか、いかに生きるかを考え修めていく。

 

 

 

ただし、何度も触れますが、現実は逆行しており、時務学ばかり。

 

危険な兆候と言っても言い過ぎではないでしょう。

 

 

時務学を高い水準で学んだ人が、誤った志を持ってしまうと、犯罪を起こしかねません。

 

強い武器や力を持った者が、その威を盾に狼藉ろうぜきを働くのと同じです。

 

 

 

人間学を学べば

立志の方向を誤ることはないはず

 

 

 

 

人が生まれたときに授かった良心、これを基に志を立てることが望まれます。

 

 

例えば、道端で困っている人を助けられますか。

 

どんなに忙しいと言っても、3回に1回ぐらいはできるはず。

 

しかし、全然やっていない、という人が多いでしょう。

 

当然のことかもしれません。

 

 

初めてそんな場面に出くわして何もできなかったとき、見なかったふりをして忘れようとするからです。

 

やがてそれが当然の行いと感じ、皆もそうだからと自分に言い訳し、知らず知らずのうちに、自分で自分を傍観者に作り上げていくのです。

 

 

しかし、見なかったふりをしたとき、心の中では違和感が生じていたはず。

 

これが〝 良心からの教え 〟です。

 

それを無視していると、年齢を経るに従って、その人の心そのものが弱っていきます。

 

そういう、心がくすぶったような人がなんと多いことか

 

 

 

一方、いつまでも元気で日々輝いている人は、自らの〝 良心からの教え 〟を言動の基にしています。

 

 

 

あたかも

心の中に美しい景色

大自然の情景があるかのように

 

 

 

損得勘定や某ファースト

こんな考えに迎合してしまう

“ 人生の迷い人 ”

 

 

そうではなく

天から授かった良心と共に

輝く人生を送ってほしい

 

 

特にこれからの時代を担う人達に