八正道雖広 十悪人不往 無為都雖楽 放逸輩不遊 〔實語教〕
八正道は広しといえども、十悪の人は往かず
無為の都は楽しむといえども、放逸の輩は遊ばず
(意訳:八正道の教えに正しく沿った道はまことに広いが、十悪の人はその道を歩むことができない。無為の都は苦楽がなく真に楽しい世界だが、わがままで欲深い者はそこへ行って遊ぶことができない。)
<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>
悪い世界に入らないためには
常に正しい道を歩んでいくこと
それがしっかりできていれば
悪人が近づいてきて誘うこともない
つまり、自らの意志や心構えで邪悪を遠ざけることができるわけです。
逆に、自らが不安定になったときには邪悪が忍び寄ってきて、これを受け入れてしまうと悪の道に足を踏み入れることになります。
今日の言葉には仏教用語が多いので、それぞれの意味を記しておきます。
(参考:長崎県学習塾「羅針塾」ホームページ)
まず、「八正道」とは、涅槃に達するための八つの正しい実践行のことであり、原始仏教以来説かれる仏教の代表的な修行方法とのことです。
正見・・・正しいものの見方
正思惟・・・正しい思考
正語・・・偽りのない言葉
正業・・・正しい行為
正命・・・正しい職業
正精進・・・正しい努力
正念・・・正しい集中力
正定・・・正しい精神統一
次に、「十悪」とは、身、口、意という三業がつくる、十種類の悪い行い、罪悪とのことです。
殺生・・・生命あるものを殺すこと
偸盗・・・盗むこと
邪淫・・・みだらな行為のこと
妄語・・・嘘をつくこと
綺語・・・飾り立てた言葉を使うこと
悪口・・・悪口を言うこと
両舌・・・二枚舌を使うこと
貪欲・・・貪ること
瞋恚・・・憎むこと
邪見・・・浅はかで愚かな考え
続いて、「無為の都」とは、因果関係に支配されず、絶対に生滅変化することのない、涅槃・真如といった仏教の絶対的真理の世界であり、すなわち涅槃界とのことです。
そして、「放逸の輩」とは、欲深く、わがままで、勝手気ままな者のことです。
ところで『大学』にも次のような言葉があります。
不善を見て退くる能わず、退けて遠ざくる能わざるは過ちなり
(不善の人を見ながら退けることができず、
退けても遠ざけることのできないのは過ちである)
自分が正しい道を歩むということは、大変清々しいもののはずです。
そして、無理せず謙虚に、人々と協力して、楽しく、困難さえともに乗り越え、笑い合い、日々生きていくことは、きっと豊かな人生のはずです。
しかし、自分に欲が出てきたとき、このような理想像は崩れ落ちます。
そしてそこへ、十悪、放逸の輩が入り込んできます。
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