私欲の制し難きは、志の立たざるに由る。志立てば、真に是れ紅炉に雪を点ずるなり。故に立志は徹上徹下の工夫たり。〔耋二四〕
(自分の欲望を抑えがたいのは、しっかりと志が立っていないのが原因である。志が立っていれば、これはまさに火が燃えている炉の中に一掴みの雪を置くようなもので、欲望などというものはたちまち消え去ってしまう。したがって、立志というものは上から下まであらゆる事柄に通じる工夫なのである。)
〇 教育者・哲学者の森信三氏は天王寺師範学校での講義の始めに「私の、これから一年間にわたる修身の講義は、ある意味ではこの『立志』の一事に尽きると申してもよいほどです」と教えている(『終身教授録』)。
<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
〝 志 〟
人の心棒
心棒が無ければ
のらりくらりと右に左に振れるだけ
何物も、自分さえも支えられません。
優柔不断な “ 心 ” に支配された日々が続くのです。
“ 心 ”は〝 意思 〟でコントロールしなければ、気の向くままに変わっていきます。
今日一日
生きるに必要な要素が足りているのに
そのときの気分が良くなければ
不足してると不平を言ったり
逆に気持ちが上向きならば
足りていないのに十分と
上機嫌になったり・・・
“ 心 ” に身を任せていては
人生を滑り落ちていくだけです
そして
放っておくと
百八つある煩悩
欲望が隆盛します
そんな人間像を良しとしている間は、〝 志 〟を持つことなど不可能でしょう。
〝 志 〟とは
世のためになる行い
世のためになってこそ〝 志 〟です。
世のためではなく、悪事となれば〝 志 〟ではありません。
それは “ 企て ” 、もしくは “ 策略 ” というような表現が適切でしょう。
ゆったり、どっしりと構えて、世のためになることを考え、その進め方、実現に向けた道筋を考える
必要なときには必要な人とともに実行していく
すぐに効果は出ないものでしょう。
長期的な展望、取り組みが求められます。
楽をしようと
儲けて贅沢しようと
日々せせこましく動く姿
場当たり的で
儲け話を嗅ぎつけようと
ダボハゼのようにすり寄る姿
恐らく
微々たる効果は得られる
しかし一方で
人間としての品格は
大きく損なわれてしまう
遠きを計る者は富み
近きを計る者は貧す
<二宮金次郎>
〝 志 〟は
〝 意思 〟によって
自らを創っていくこと
〝 志 〟や〝 意思 〟が無ければ
人生は “ 受け身 ” になります
日々、多忙な中
それでも世を善くするため
大志を組み上げていく
それによって
自らの人生の質を高める
日本人の根っこ
そこには
立派な生き方にこそ
価値を置く心構えがあるはずです