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COLUMNSブログ「論語と算盤」

2025年11月29日

のたまわく、そくしゅうおこなうよりじょうは、吾未われいまかつおしうることくんばあらず。

(先師が言われた。

「かりそめにも束脩をおさめて入門させたからには、心をこめて教えなかったことはない」)

※束脩、乾肉を十束たばねたもの。入門のしるし。

<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>

 

 

 

 

弟子

つまり下位の者が礼を尽したのであれば

 

上位の者も礼を尽くさなければならない

 

 

 

 世の中にはいろんな人がいます。

 

自分が上位なのだから、下位の者が礼を尽くすのは当たり前という振る舞いの者

 

逆に、弟子の心遣いを必要以上に尊重し、自らへり下ろうとする者

 

ともに、下位の者は困惑してしまいます。

 

 

 

孔子のように、人として対等であることを重んじ、誠意を持って対応することこそが礼にかなった振る舞いでしょう。

 

 

立場が違っても

同じ人間同士

 

 

大切なことは、例えば下位の者が手土産を持参したのなら、上位の者はその気遣いに対して誠心誠意で応えること。

 

相手以上に、心を込めた対応が望まれるわけです。

 

 

このような関係を生み出せる人達であれば、お互いの心に絆が生まれます。

 

 

 

この世は所詮

人と人

 

だからこそ

他者を大切に思う

 

 

相手の気遣いに十二分に応え

一つずつ信頼を積み重ねていく

 

 

 

孔子とその門弟のように

永く

信頼し合える間柄へと

 

 

 

 

心で繋がる人達が

 形作っていく間柄こそ

  望ましい社会の姿だと思います。

 

 

そしてそんな社会は

人間にしか

作ることができない

 

 

 

今日の言葉について

私は

全くもって

反省するしかありません