立志の立の字は、豎立・標置・不動の三義を兼ぬ。〔耋二二〕
(立志の「立」の字は、
豎立(真っ直ぐに立つ)、
標置(目標を立てる)、
不動(しっかりと動かない)
の三つの意義を兼ねている。
<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
立志
言うは易し
行なうは難き
志を立てることはとても大切なことだと思います。
人生、立志なくしては、曖昧な時の流れでしかなくなります。
しかし、立志の具体的な骨格はわからないままでした。
今日の言ではっきりします。
豎立 真っ直ぐに立つ
これは、正しいこと、人としてなすべきこと、世のため人のためになることを目的にするということ。
お天道様に顔向けできないような思いは、どんなに飾り付けても立志とは言えません。
標置 目標を立てる
これは、最終的な完成形を描くこと。
80年や100年などという自分の人生の時間とは関係ありません。
あらゆるものが、あるべき姿になることを目標とすべきでしょう。
もちろん、自分が立てた志である以上、自分の人生の中でその大半を成し遂げたいものです。
不動 しっかりと動かない
動かないというのは、今いる場所を離れない、立てた目標を変えない、つまりは覚悟を固めるということ。
それと同時に、自分の心の中にある道を歩むこと、あれこれと外に求めようとしないこと。
もとより、必要な要素は全て自分に備わっているのですから。
天道是か非かというて世を怨むものもあるが、かかる人は実は地を見て天を怨むものである。
もし心を地より放して、眼を天に注いだならば、天の是なることは疑うまでもなくなる。
人生に最も重大で最も欠くべからざるものは、各自に備わっている。
地を怨むの必要もなく、天を呪うの必要もない。
<出典:『修養』新渡戸稲造著 角川ソフィア文庫>
私はいままで、平澤興師の次の言葉にやや懐疑的でした。
私の見るところでは世の中は案外公平であります。
案外というよりも、むしろ非常に公平であります。
<出典:『平澤興一日一言』平澤興著 致知出版社>
しかし
前述の新渡戸氏の考えに触れ
腑に落ちた気がしています
外の基準で考えれば、間違いなく不公平と感じます。
しかし、自分の内、自分の基準で考えれば、全ては公平となるもの。
また、以前深く悩んでいたとき、同じような意味の言葉を見つけたものです。
汝自身に向かって進め
<ユダヤ教>
自分の生き様を直視し
外に求めず
自分自身の心の中を見つめる
その自分の心を耕し
手入れし
磨いてゆく
そして志を立てる
天上天下唯我独尊
<釈尊>