深沈厚重なるは、是れ第一等の資質。磊落豪雄なるは、是れ第二等の資質。聡明才弁なるは、是れ第三等の資質〔性命〕
(深沈厚重と(後章に出てくる品藻篇の)安重深沈の二つの言葉は、本書の思想の中心をなすものです。
深というのは、深山のごとき人間の内容の深さであり、沈は沈着毅然ということです。厚重は、重厚、重鎮と同じで、どっしりとしていて物事を治めるということです。上に立つ人は、それぞれの立場において重鎮することが必要です。言い換えると、その人が黙っていても治まるということです。あくまでも「治まる」のであり、「治める」のとは内容が違います。沈は沈静ですから、重鎮は静かに治まるということにもなります。そして重厚ということは、人間の幅が広く厚いということです。
磊落というのは、大きな石がごろごろしておる、恬淡で豁然としているということ。豪雄とは、優れた人のことです。つまり、あっさりしていて腹中に大きなものを養っている人を第二等というのであります。
「聡明才弁なるは」は、聡明で弁も立つということですが、こういうことは人間にとって第三等だというわけです。)
<出典:『呻吟語を読む』安岡正篤著 致知出版社>
今日の言葉は、出典書籍の付記、豊田良平氏の「人間錬磨の書『呻吟語』に学ぶ」から取り上げました。
以前にも何回か紹介している言葉です
近年、聡明才弁のような人が多めで、磊落豪雄や深沈厚重な人物が少ない、あるいはほとんどいないのではないかと思います。
ただ、このような印象を持つのは、私の未熟さ故でしょう。
だいたい二十歳代くらいまで、人物の見本として目に付くのは聡明才弁な人です。
この段階では、多くの場合、他者の心に理解が及んでいません。
口では一端なことが言えるのですが、それだけに留まり、周囲の人を動かすことや、その場の状況を変えることはできません。
人間社会の核心に思いを及ばせるには、もっと経験を重ねなければなりません。
周囲の人々の人心を掌握するには、人物としての器の拡大が必要となります。
経験を厚くし、自らを成熟させ続けていれば、磊落豪雄や深沈厚重という、真の意味における人物としての価値や意義を見出すことができるでしょう。
人物を認識する力、それは観察者の側に一定の眼力を求めています。
広い視野で
どっしりと構えた
深沈厚重の意思決定者
大きなビジョンを持ち
真っ直ぐに邁進していく
磊落豪雄の戦略立案・実行責任者
それを補佐する聡明才弁たる実務家
あらゆる組織にとって
望ましい ‘ 配役 ’ ではないでしょうか
一方で、聡明才弁、磊落豪雄、深沈厚重として認められる人、このような人物の水準に到達する年代が遅くなっているのも事実でしょう。
時間が間延びしているのでは
安寧な世は
望まれる世界かも知れません
しかし反面
時間の密度が低く
淡白な人生を演出する
そういう舞台かもしれません