子曰わく、憤せずんば啓せず。悱せずんば發せず。一隅を擧げて三隅を以て反らざれば、則ち復せざるなり。
(先師が言われた。
「自分で理解に苦しみ歯がみをする程にならなければ、解決の糸口をつけてやらない。言おうとして言えず口をゆがめる程でなければ、その手引きをしてやらない。一隅を示して他の三隅を自分で研究するようでなければ、繰り返して教えない」)
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
成長するために必要な心掛け
育成するために必要な心掛け
多くの人にあったはず
特に若いころ
もちろん、中年、壮年になっても発奮し情熱を持って取り組むテーマを探求し続けることが望まれます。
一つひとつ
時間がかかっても
自らの力で
解決への糸口を手繰り寄せる
そして
自分なりに
その物事の核心を掴んでゆく
このような取り組みこそが知見であり、智恵の源泉となります。
〝 自分に対する仕事 〟
それを重ねることで、重心の低い人物となっていくでしょう。
自分を創り上げるのは自分自身なのですから
自分は自分の主人公
世界でただひとりの
自分を創っていく責任者
東井義雄(教育者)
指導する側も、教えてくれという姿勢の者に対しては、語るだけ時間の無駄という体験を度重ねてきたことでしょう。
しかし、こんな性質を持ってしまっている者は、もともと一握りのはずです。
その一握りの性質が各種の情報媒体から区分・分類なく発せられ、それを受け取る側の取捨選別・順位付けする力が拙いことから、さも全日本人的テーマとして感じ取られているようです。
情報を発する側は利得を得ることを目的とした行動ですから、理性や品格を求めるのは困難です。
ご存じのように、表現の自由をあからさまに転用し、世界各国が目を背けるほど卑猥な表現がそこかしこに点在する我が国の姿ですから。
そこで、情報を受け取る側に、「劣化した輩が増えているか、あるいは単に顕在化しただけだな」というように処理する力が求められます。
そしてこの力は、幼少期から育むことが必要です。
子供というものは手がかかり、わがままと感じるものですが、何かをしたい、またはしたくないという欲求、あるいは意思は、人間が生きていくための基本的なものとされています。
それを、親の価値観や期待によって何度も否定され続けると、その子の自己肯定感は低下する一方となります。
やがてその子は行き詰り、不登校や引きこもりという行動に繋がっていきます。
この現象は、言葉ではない、人間が本質的に有する心、そこからの意思表示であるとのこと。
確かに、親にとって子供の将来はとても大事です。
しかし、それを自分の狭い知見の中で強制しようとしても、子供にとって一番大事なことは、〝いま〟における親との関係です。
この子供の意欲、期待を尊重することが、その子の未来を開いていく鍵。
ただし一方で、ダメなものはダメであるということを、きちんと伝えることも、同時に必要です。
そのとき、親の判断基準が曖昧になっていると、子供は悪い方向に認識してしまいかねません。
大人が自分の都合で子供を見ている限り、子供の本当の心を育むことはできないのです。
<参考資料:月刊誌『致知』 2026年1月号 特定非営利活動法人 福祉広場理事長 池添素「わが子を信じ、待つ力が子どもの未来を拓く」>
「育てる」ではなく
「育つ」を支援する
このような子育てが
自己肯定感を有する
自分に自信を持てる人物を育み
世に輩出していくことになると感じます
そして
やがてその人々が
社会でも家庭でも
次の人を育てる役回りを
担っていく
この循環が
日本という国の
基盤そのもののはず