志を持するの工夫は太だ難し。吾れ往往にして事の意に忤うに遭えば、輒ち暴怒を免れず。是れ志を持する能わざるの病なり。自ら恥じ自ら怯る。書して以て警と為す。〔耋二五〕
(志を持ち続ける工夫は大変に難しい。私は往々にして、事が自分の意に反するような目に遭うと、荒々しい怒りの感情が湧き起こって抑えられない。これは志を持続できない病というものである。自ら恥じ、恐れ入るしかない。ここにそのことを書いて自らの戒めとする。)
<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
志を持ち続ける
それは至難なこと
ときに、思うようにいかないと怒りの気持ちが湧き上がるのは、誰でも同じでしょう。
冷戦が終わり、世界は少しずつながらも平和に近づいてきていると感じられたとき、逆に世界各地で紛争が生じ始めました。
主導するのは、その国の宰相
毎日毎日、人を殺していく行為
多くの人が、とても許せない気持ちになっているでしょう。
しかし、世界の総力を持ってしても、その殺人行為を止められないという事実にも直面しています。
やがて、諦めが心の大半を占め始めますが、燻り続けているため、何かの機会にまた、殺人行為を指揮する宰相を切り裂いて殺してやりたいというような気持が再燃するものです。
なぜ
彼らは暴力の限りを尽くすのか
イスラエルのネタニヤフ首相は、少年期、敬愛していた兄が、パレスチナとの争いで亡くなったとのこと
現下の彼の行為は、その弔い戦であり、憎しみの感情そのものが動力になっているようです。
そういう者を八つ裂きにしてでも殺してやりたいと思うこと、それは正義から派生した人間としての当然の感情と思いがちですが、裏を返せば、その気持ちこそが憎しみの連鎖の起点になってしまうことに気付きます。
それはつまり、紛争の当事者である宰相と同じ動機が自分の心に芽生えているということです。
人類は
もっと
心を研究し
意識と感情を
自らコントロールする力を得なくてはならないのでしょう
ところで、何者かになりたい、何かの道で第一人者になりたいと、強く立派な志を持てたとしても、なかなか継続できません。
少し事がうまく運び出すと、すぐに自分に及第点を与え、慢心し、揚げ句、その志に飽きてしまうこともあります。
こんなことでは、志を成し得ないのは明白です。
なぜうまくいかないのか
それはやはり
外と比較してしまうから
人に褒められるようになってきた
人よりうまくできるようになった
人より収入が多くなった
このような
小さな領域での小さな慢心が
理想に向かう動力を
抑制するのです
外との関わりは必要最小限とし
自分の内側
つまり
自分そのものに
向き合っていくこと
物事の格心を学び
本としての知に致る
(格心:物事の本質、本質の心)
自分との対話
これこそが
志の要訣