小人間居して不善を爲し、至らざる所無し。君子を見て后厭然として、其の不善を揜いて其の善を著す。人の己を視ること、其の肺肝を見るが如く然り。則ち何の益かあらん。此を中に誠あれば外に形わると謂う。故に君子は必ず其の獨を慎むなり。
<出典:『『大学』を素読する』伊與田覺著 致知出版社>
意を誠にするためには
独りを慎むことが肝要
心に小人の魂が居れば
他者に容易に見透かされる
小人とは一般の人と解釈することがここでは妥当とのこと
暇というのは、やはり良くないと実感します。
暇を持て余すと、まず時間の過ごし方が怠惰になります。
最悪の場合には悪いことを考え、実行してしまうこともあるでしょう。
真面目とされる人でさえ、自分の軸が不明瞭な場合には、無関係で適当な事柄に闇雲に進むなど、無益なことに力を使いがちです。
それなりに立派な人物になろうとすると、暇を得たときには、自分がなすべき先々のことに取り組むことが良いでしょう。
自分の軸さえ確立できていれば、それは可能です。
問題なのは
自分の軸を
得られるか
ということ
自分の軸
それはきっと
自分や周囲の人の
幸福につながること
可能な限り、最上の幸福を考えるなら、それはおそらく他者との関係に尽きます。
そして『大学』は、一貫してそれを目的としています。
八条目では、格物、致知、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下と進みます。
国を治めて天下を平らかにするとは、決して権力を得ることを目的としているのではありません。
国民を幸福にし、争いの無い、徳に溢れた国を創っていくということが目的です。
そしてそれが治国であり平天下です。
そのような任務を遂行する人は、誰からも認められる君子でなければなりません。
今日の言葉にあるように、小人つまり一般の人は、君子を見れば自分の振舞いを正そうとする、つまり君子とは、人としてどうあるべきかの見本なのです。
中身が伴わず、ころころと取振る舞いを変えるような人は、誰からも薄っぺらい人物と見透かされます。
つまり、表面づらを保とうと振る舞いを変えるような行為は、軽薄さが認められるだけで何の益も得られないのです。
自分を本当の君子に近づけようとするのなら、独りのときに、自らと対峙し、人としてあるべき道を考え、実行していくことが必要です。
独りのときに本当の自分が現れる
独りのときに自らの意を誠にする
<参考:『『大学』を味読する 己を修め人を治める道』伊與田覺著 致知出版社>