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COLUMNSブログ「論語と算盤」

心の真柱

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2026年1月30日

不乗四等船 誰渡八苦海 〔實語教〕

とうの船に乗らずんば、たれはっの海を渡らん。

(意訳:人としての四つの大事な心を持たずして、八つの苦しみがあるこの人生を歩むことはできない)

【四等】(人の幸せを願う心、人を慈しむ心)

    (人の悲しみを理解する心、その苦しみを取り除いてあげようとする心)

    (人の幸せを喜んであげられる心)

    しゃ(差別せず平等の立場で接する心)

【八苦】生・老・病・死の四苦に加え、次の四苦

    愛別あいべつ離苦りく(愛する人と離れる苦しみ)

    怨憎おんぞう会苦えく(嫌な人に会わなければならない苦しみ)

    求不ぐふとく(欲しいものが得られない苦しみ)

    おんじょう(生きることの苦しみ、肉体があるが故の苦しみ、存在する苦しみ)

 

<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>

 

 

 

 

四つの大事な心

 

持っていますか

 

 

 

この言葉について考えているとき、人の心の癖のようなものを感じました。

 

人間として最も力を発揮できる、成人から老人に至るまでの期間、多くの人の心には不平不満が多いのではないでしょうか。

 

 

かく言う私にも心当たりがあります。

 

 

周囲の人たちに対して

仕組みに対して

周りの環境に対して

目上の考え方に対して

軽んじた接客態度など

 

数え上げればキリがありません

 

 

もっと激しい人もいます。

 

口を開けば

不平と不満ばかり吐き続け

自分が正しく他人は悪い

そういう気持ちに縛られている人

 

 

 

 

こんな心になってしまうのは、自分の生き方に責任を持とうとせず、自分を相対的な存在にしているから。

 

誰かに自分の正しさを認めてもらいたい

自分が優れていることを認識させたい

他の人を差し置いて、自分だけが成功したい

 

 

 

このような心の情景が浮かんできます。

 

ここには、四つの大事な心が無いようです。

 

 

 

一方でこうした人達は、自分の恋人や大切な伴侶には特別に優しく接することがあります。

 

 その人だけが自分を認めてくれている

 その人を失えば自分の存在意義がなくなる

 それが怖いため

 

 

 

なぜこんな心理になってしまうのか

 

これも現代社会における、競争社会のひずみと感じます。

 

 

 

 

では、近代よりも以前はどうだったのでしょう。

 

人は、他人と比べる尺度がないため、自分が相対的な存在とは感じず、絶対的な存在と思っていたのではないでしょうか。

 

そのため、人と人とがぶつかり合う場面も多かったのでしょう。

 

そしてその度に、悲しみ、苦しみ、怨み、また反対に、喜び、楽しみ、愛し合う。

 

 

そして

やがては老い

病を抱え

死んでいく

 

このような人の一生

そこから湧きだした教訓

それが今日の言葉

 

 

 

競争社会における “ 時務学 ” は、確かに財を育むでしょう。

 

それに対して〝 人間学 〟は、人としての徳を育むものです。

 

 

 

徳は本なり。財は末なり。

(大学)

 

 

 

 

遠きをはかる者は富み

近きを謀る者は貧す

 

れ遠きを謀る者は

百年の為に松杉の苗を植う

ましてや

春植えて秋実る物においてをや

 

故に富貴なり

 

 

近きを謀る者は

春植えて秋実る物をも

なお遠しとして植えず

 

ただ眼前の利に迷ふて

かずして取り

植えずして刈り取る事のみに眼をつく

 

故に貧窮す

(二宮金次郎)

 

 

 

 

国家が

このような愚を犯してはなりません