学を為すの効は、気質を変化するに在り。其の功は立志に外ならず〔耋二八〕
(学問をなす効能は、人の気質を善く変化させるところにある。そして、それを実践するのは立志に外ならない。)
<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
学問は
人の気質を良くする
実践するには
志を立てる
学問を高い水準までなし遂げれば、社会問題の解決につなげられる可能性が広がるでしょう。
そこまでの水準でなくとも、良い志を打ち立てれば、社会を良くすることにつなげられるはずです。
世の中を良くし、自分の人生を良くするためには、学問は必要条件で、立志が十分条件となりそうです。
学問とは、時務学と人間学の両面。
〝 切磋琢磨 〟という言葉がありますが、『大学』では次のように示されています。
切するが如く、磋するが如しとは、學を道うなり
琢するが如く、磨するが如しとは、自ら修むるなり
時務学で生きていく知識や技術を学び、人間学でどういう人物になるか、いかに生きるかを考え修めていく。
ただし、何度も触れますが、現実は逆行しており、時務学ばかり。
危険な兆候と言っても言い過ぎではないでしょう。
時務学を高い水準で学んだ人が、誤った志を持ってしまうと、犯罪を起こしかねません。
強い武器や力を持った者が、その威を盾に狼藉を働くのと同じです。
人間学を学べば
立志の方向を誤ることはないはず
人が生まれたときに授かった良心、これを基に志を立てることが望まれます。
例えば、道端で困っている人を助けられますか。
どんなに忙しいと言っても、3回に1回ぐらいはできるはず。
しかし、全然やっていない、という人が多いでしょう。
当然のことかもしれません。
初めてそんな場面に出くわして何もできなかったとき、見なかったふりをして忘れようとするからです。
やがてそれが当然の行いと感じ、皆もそうだからと自分に言い訳し、知らず知らずのうちに、自分で自分を傍観者に作り上げていくのです。
しかし、見なかったふりをしたとき、心の中では違和感が生じていたはず。
これが〝 良心からの教え 〟です。
それを無視していると、年齢を経るに従って、その人の心そのものが弱っていきます。
そういう、心がくすぶったような人がなんと多いことか
一方、いつまでも元気で日々輝いている人は、自らの〝 良心からの教え 〟を言動の基にしています。
あたかも
心の中に美しい景色
大自然の情景があるかのように
損得勘定や某ファースト
こんな考えに迎合してしまう
“ 人生の迷い人 ”
そうではなく
天から授かった良心と共に
輝く人生を送ってほしい
特にこれからの時代を担う人達に