詩に云わく、於戯前王忘れられずと。君子は其の賢を賢として、其の親を親とす。小人は其の樂しみを樂しみとして、其の利を利とす。此を以て世を没りて忘れられざるなり。
(詩経(周頌列文篇)に「ああ前王忘れられずとある。これは後の君主は、前王の尊敬した賢者を同じく賢者として尊敬し、又前王の親愛した人を変わらず親愛した。又一般庶民は前王の遺した楽しみを同じく楽しみとして、其の利としたところを利として恩沢を長く享けている。この故に亡くなられてもながく忘れられないのである。
<出典:『『大学』を素読する』伊與田覺著 致知出版社>
前王による世が素晴らしかった
だから忘れられない
そして
後継の王も君子であり
前王が尊敬していた人物
親愛していた人物を
同じように敬い親愛する
この後継者の姿勢こそが、新しい時代を良くしていけるかどうかの要点でしょう。
このような姿勢を見た一般庶民は、前王の時代と同じだと安堵し、過去の楽しみや仕事を同じように感じて生きていくことになります。
もし反対に、後継者が前王の〝 賢 〟や〝 親 〟を蔑ろにしたらどうでしょう。
新しい時代なので生まれ変わるのだと、格好の良い見栄えになるかもしれませんが、前王の時代を愛した庶民は訝しがります。
多くの庶民が愛した時代から、さらに良い時代になったと認識させるのは極めて困難です。
後継者に思いや考えがあったとしても、庶民の心の中には良い時代の思いが強く残っています。
その思いを否定することなく尊重し、その上で少しずつ変革していくことが賢明です。
一国
あるいは組織をまとめるには
前の代が悪かったのならともかく
先代の思いを引き継いでいくことが
まずは大切です
この教訓について領域を狭めていくと、一家、家族になります。
親を敬い、親の価値観や想いを引き継いでいくことが大切と。
このような背景から、儒教は、親を大切にせよという教えであるのだと思います。
自分を育ててくれた先生、上司、そして親、
このような目上の人を大事にしない人が、自分の生徒、部下、子供を大事にするでしょうか。
否
それは有り得ません
人は、良い時代か混沌とした時代か、正しい考えか否か、夢や理想があるのかないのか、愛されたのか否か、色々な場面の中で生きていかねばなりません。
そのため、全てが今日の言葉のようには収まらないでしょう。
しかし、このような社会こそ、望まれる国の方向性のはずです。
過去から
時代はその時々で大きく変わってきています
ただし
人々の中には変わることのない
善、平和、愛情の心があるはずです
そこを起点として
人造り
国造りを行うべきです
そこを起点とせずに
どこに向かうというのでしょう
<参考:『『大学』を味読する 己を修め人を治める道』伊與田覺著 致知出版社>