立志は高明を要し、著力は切実を要し、工夫は精密を要し、期望は遠大を要す。〔耋二六〕
(志を立てるには高い見識と智慧が必要であり、実際に力を用いるには適切さを必要とし、物事を工夫するには精密さが必要であり、目標として望むところは遠大でなければならない。)
<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
今日の言葉は
修養の四つの心得とのことです。
志を立てる
高い見識と智慧で志を打ち立てねばならない。
確かに、低く狭い視野では、志それ自体が貧相、陳腐なものになるでしょう。
それでは時間とともに廃れてしまいます。
一方で現代は、価値観が限りないほど多様化し、耳を疑うような考えにも賛同者が現れるなど、魑魅魍魎といえる時代です。
このような時代の立志は、極めて高い見識と智慧が必要になるのでしょうか。
いやしかしそれでは、論理が先に立つことになり、真の意味での〝 志 〟から遠ざかってしまいかねません。
実行する
適切さとはどういうことでしょう。
考えるに、それは自分の得手を活かすということではないでしょうか。
不得手なことをやると、うまくはいかず、結果も的外れになってしまう。
また、他の人を真似るというのも、自らの思いや情熱とは乖離してしまいます。
自らの志に従って
自分の得意領域で
自分自身を活かす
これが適切なこと、と感じます。
工夫する
従来のやり方に工夫を加えることも大切ですが、ゼロベースという考え方も重要です。
別に好んでいるわけではありませんが、二十一世紀入り後の米国の産業力の向上には驚かされます。
EV(電気自動車)の製造では、ギガキャスト(大型一体成型)やセル・トゥ・ボディ(車体と電池の一体化)など、従来の延長線上にない画期的な製造方法が生み出されました。
またロケット開発では、3Dプリンターによる一体成型やアジャイル開発(完璧でない状態で反復試行して完成させていく)なども同様。
〝 守破離 〟(世阿弥)
そして
〝 神は細部に宿る 〟
心しておきたい言葉です
目標は遠大に
どなたの言か、「最も危険なのは、小さい目標を短期間で達成してしまうこと」とのこと。
目標は大きく、「生涯を賭けた的」になるものが良い。
そして、そのために小さめの副次的目標を作り、そのためにさらに小さな下部目標を、さらにその下に・・・というように構成することで、可能性が見えはじめ、そして自らの修養にもつながってきます。
翻って考えると
〝 正しい心 〟で進むのなら
立志も実行も工夫も目標も
全て複雑なものではなく
むしろ
あるがままを
正面から捉えて取り組む
そういう単純なものなのでは