兩手當胸向 愼不顧左右 不問者不答 有仰者謹聞 〔童子敎〕
両の手を胸に当てて向かえ
慎んで左右を顧みず
問わずんば答えず
仰せ有らば謹んで聞け
人の話を聞くときには、両手を胸に当てて対面すること、慎み深い態度で左右周囲を見回したりしないこと、問われたなら答えるようにする、相手が語るときは謹んで聞くようにすることである。
<参考書籍:『實語教童子敎 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>
慎んだ態度で人に対応する
かなり丁寧な姿勢として示されています。
目上の人、時代からして藩主のような立場の人への対応の仕方なのでしょう。
現代においてはどうでしょうか?
ここまでの丁寧さはなされていないし、やや不自然になるかもしれません。
ただし
心の中では
このような態度
丁寧な所作を心掛ける
それが必要だと感じます
両の手を胸に当てて向かえ
これには二つの意味があるとされています。
一つは、当時、心は頭ではなく胸にあると考えられており、しっかりと相手の言葉を心、胸で受け止めることを表現しているという意味です。
もう一つは、自分は丸腰であり、武器を持っていないということを示す意味ということです。
<参考:『子供と声に出して読みたい『童子教』』 齋藤孝著 致知出版社>
このような思いを持って相手に対応すれば、自ずとその気持ちが伝わるのではないでしょうか?
反対に、このような心が現れるような所作を行う人を見つけるのは至難です。
慎んで左右を顧みず
周囲に気になる人や物があったとしても、真っ直ぐに相手をみることです。
すべての意識を相手に注いでいることを表現することになります。
問わずんば答えず
問われない限り、自ら言葉を発することは控えます。
口数が多いのは、根拠のない想像や場合によっては虚構、あるいは自分を大きく見せようとするためです。
相手が知りたいことに答えることで、相手の疑問が解消され、両者の関係も近づきます。
仰せ有らば謹んで聞け
相手が何か発言する際には、謙虚な態度で聞くこと。
現在でもよく言われることですが、相手の話に割り込まないというのは当然のことです。
このような態度で相手に対応することをどう感じますか。
ここまでの態度は、逆に相手に不信感を抱かせるのではないかと感じるかもしれません。
しかし、序盤で述べたように、これらの心掛けを心に秘めて対応するとしたならどうでしょう。
このような所作を、相手の身になって感じようとしたら、これほど丁寧な人に対しては関心が高まります。
ソワソワとわき見しながら、ペラペラと薄っぺらい言葉を発する人に比べると、信頼度は雲泥の差になるでしょう。
口数が多い人は、同類の人に受け入れられやすいのです。
それに流されて、自分自身の良心や礼の心を捻じ曲げてはいけません。
利己的な集団に自ら進んで参画するのは自分自身を劣化させることにつながりかねません。
他人との比較は無用
自らの言動や所作について
丁寧に
真剣に振る舞う
それが自らを高めることになり
幸福を感じられることにつながります