夫貴人前居 顯露不得立 遇道路跪過 有召事敬承 〔童子敎〕
夫れ貴人の前に居ては 顕露に立つことを得ず
道路に遇うては跪いて過ぎよ 召す事有らば敬って承れ
(貴い人が目の前にいるのときは目立とうとしないこと。道で出会ったら跪いて通り過ぎるのを待つこと。用事を依頼されたら敬って請けること。)
<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>
(今回から、童子敎を取り上げます)
上下関係の在り方を示しています
現代は、こんな古臭い仕来りなど捨てて、自由で平等な振る舞いが大切だという風潮が広く意識されているようです。
昔は、武力、財力、家柄などで一般庶民は抑圧されていたために、堅苦しい礼儀が必要だったのだということでしょう。
四書五経の一つ、このブログでも取り上げている『大学』に、次の一節があります。
所謂天下を平らかにするには、其の國を治むるに在りとは、上老を老として民孝に興り、上長を長として民弟に興り、上弧を恤みて民倍かず。
(天下泰平を生み出すには、その国を治めることが必要である。そのためには君主が、歳を重ねてきた者、国を守り基盤を作ってきた人たちを尊敬する意識を根付かせること、すると一般の人々は自然にそういう年寄りを孝行しようとする。また君主が、各政の責任者を決め、彼らに適切な仕事をさせれば、一般の人々は自然にそれに従う。さらに君主が、身寄りのない人、孤児、孤立した人を救えば、一般の人々には思いやりの情が根付く。)
つまり
一国を治めるには
上下関係や前後関係
思いやりの情
それらが大切ということ
ひょっこり若い人が世に出ようとしても、多くの人は賛同しづらいものです。
単なる世間知らずではないか、生意気なだけではないか、恥知らずに違いないなどという先入観が働いて、当人が頑張ろうとしても逆に軋轢が生じてしまいかねません。
若くして為政者になること、国を治める立場になることは至難であり、本人の知識、見識、胆識もさることながら、時間や空間など周囲の環境に対して最も適切な言動を行うこと、つまり〝 時中 〟が必要となります。
それでも、現代のスピード感ある社会、例えばIT企業などでは、二十歳代や三十歳代が時代をリードして、明日の社会の基盤を作っているのだという主張もあるでしょう。
しかしそれは
市場経済という
範疇の話です
この四十年ほど、IT産業では様々な分野において、新しい市場が生じてきました。
毎年、何らかの分野において市場の黎明期が訪れています。
このように、市場が混沌としているときには、群雄割拠、功を上げる者もたくさん出てくるものです。
注意すべきは、一国を治める要諦と、農業の始まりから現代までの長い時間におけるこのような一時的現象とを混同してはならないということです。
一国を治める要諦
それには王道があるということ
人の自然の働きに基づいた国造り
それには古典の知恵を活かすこと
混迷する現代
今こそまさに
〝 時中 〟
そのとき