子曰わく、天、德を予に生せり。桓魋夫れ予を如何にせん。
(先師が言われた。
「天は私に徳を授けられている。桓魋ごときが私をどうすることもできないだろう)
※桓魋、宋の司馬(軍務大臣)で孔子を殺そうとした。
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
徳を身に付ける
それは勇気と力を得ること
孔子は武力を有していません。
命を狙われる立場になったのは、人物としての影響力が大きかったためです。
それに対して、一国の軍の大臣がその影響力に恐れを感じ、怯えたということ。
もしも、大臣側が武力を行使すれば、丸腰の孔子達を容易に全滅させられたでしょう。
しかしそれはできない
これが孔子の自信
少し距離を置いて見てみます。
もし、命を狙われたり、そこまででなくても攻撃されたりする恐れがあるとします。
徳があろうがなかろうが、好んで犠牲になろうとする人はいません。
もしも徳が無ければどうするか
一つには受けてたつ。
防御や逆襲が可能な装備を持っているのなら、そういう行動に出るかもしれません。
二つめ、そうでなければ色々な人に頼って、自分を狙う者を思い留まらせようとするのではないでしょうか。
一方で徳があれば
世のため人のために
この地上で働いている自分
殺されるような道理はない
しかもその役割は
天から授かったものだから
こういう思いに立ち
勇気をもって
自信をもって
生きていくことができます
よっぽどの悪党
例えば天の対極にいるような極悪人
それならば話は変わるかもしれない
ただ
一国の大臣ごとき
どうすることもできないだろう
もとより、暗殺を謀るような者には徳など無く、頼れるものは武器の類しかないのです。
つまり、暴力や武器に頼るしかない者は、人として根本的に弱い生き物です。
相手と自分
お互いに徳があるなら
各々が
この世のために為すべきことを
淡々と実行していくのでしょう
現在の国際社会は、大きく揺れています。
人間的に徳の無い弱い者たち(当然一国の宰相も含まれます)の乱暴や狼藉、つまり侵略や他国批判は、自らの弱さを誤魔化さなければいけなくなっているシグナルです。
このような輩
まさに小人の極み
このような者たちに
服従することは
人類としての尊厳を
捨て去ることになります
それは
命を連綿と
つないできてくれた祖先
そして
これから未来を創る子孫
人類の過去と未来
ともに冒涜する
恥ずべき行為であること
このことを
念頭に置いておかねばなりません
天と語り
己に問い
徳を己の内面で育む
一人ひとりが
自分の徳力を
高めていかねばなりません