唯仁人之を放流し、諸を四夷に迸けて、與に中國を同じうせず。此を唯仁人能く人を愛し、能く人を惡むを爲すと謂う。
(ただ仁人であってこういう人物を思い切って追放し、これを外国に退けて国内で共に居ないようにする。これを唯仁人のみが能く人を愛し、能く人を悪むを為すというのである。)
<出典:『『大学』を素読する』伊與田覺著 致知出版社>
先回取り上げた〝 人の長所を捉えて重用する良き人物 〟と “ 人の長所を妬む悪しき人物 ” 、後者については、自国から追い出して、同じ土地で居住、生活させないようにすることが〝 仁の人 〟とのこと。
少しばかり厳しすぎるのではないかと感じるかもしれません。
今の世の中、どんな人でも、自分が生まれながらにして有する権利に基づき、私生活でも公の場面でも、勝手気ままに自由に行動できる社会という気風があるようです。
しかしながら、そのような世の中は、果たして私たちにとって良いことなのかという疑問を感じます。
もちろん、個人の行動を抑制するような社会主義や共産主義が良いなどとは決して思っていません。
ただ、多くの人々がぬるま湯につかっているかの如く、結果的に “ 安きに流れて ” しまったら、将来に役立つことが何も残せない、文化的な進歩も無くなるのではないかと危惧するのです。
未来の歴史学者は、我が国日本の場合なら、明治維新以降全く進歩しなかった国民という判断を下すかもしれません。
見た目は違うものの、言論を抑制されて国家の方針に従うしかない国の人々、良心を捨てて国家の命令に受動的かつ盲目的に生きるしかない人々、このような人たちと根本的には同じ、進歩が止まった状態と感じます。
人類の将来やその文化発展のためには、人々が理想像を共有することが欠かせないと思います。
そして、個人の自由が守られることと、人々が共通の理想像を持つことは同時に実現できるはずです。
会社組織で言うなら、組織が大きな夢を実現しようとしていること、そして組織のメンバーが自らの良心に照らし合わせてその夢に納得していること、組織の長を筆頭に全メンバーがその夢の実現に向けて協力・奉仕し合う状態、全てのメンバーが同じ方向を向き、世の中の問題を解決しようとしている状態、このような夢を持って邁進している組織こそが理想像、理想郷ではないかと思うのです。
もしそうであるのなら、確かに、良心に問題がある者、利己的で傲慢な者、前回上げた “ 人の長所を妬む悪しき人物 ” 、このような人には出ていってもらうしかないでしょう。
ちなみに、このような組織においては、ハラスメントや働き方改革とも無縁なはず。
自由を得て生きるには
その有り難い状態
それを維持する〝 義務 〟
未来の人類に対し
文化的・内面的な進歩
そして幸福の実現に対する〝 義務 〟
自由に生きるということは
これら様々な〝 義務 〟が付随するはず
〝 仁の人 〟
真の〝 仁 〟について
より高く深い視座から捉えておきたい