但有食在法 亦在身有命 猶不忘農業 必莫廃学文 〔實語教〕
ただし食有れば法在り。また身在れば命有り。
なお農業を忘れず。必ず学文を廃することなかれ。
(ただ食物があれば、そこには規律がある。また身体があれば、そこには魂がある。
なお身体を育む農業を忘れないこと。決して魂を育む学問を止めないこと。)
<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>
人間とは
腹が空いたら食べるだけ
身体を維持することだけ
食物を得ようとするだけ
これらも大事ですが
これだけでは
他の動物と変わりありません
人間に生まれたからには
社会を良くする調和と規律を持ち
正しく生きていくための魂を育み
日々これらを実現する知恵を学ぶ
巷では、“食うために働く”と言いますが、これでは奴隷のような人生です。
〝 働くために食う 〟
こうありたいものです
自らの意志で
得てきた知恵を使い
育んできた魂をもとに
社会の調和を図って働く
これは、人間としての基本的使命と言えるのではないでしょうか。
このような活動のために
〝 食う 〟
食べるばかりではなく
社会の規律を守り維持すること
身体をいたわるばかりでなく
魂にも栄養を与えること
農業に精を出す
または身体や生命に良い食材をとること
良い書物で学び続け
自らを省み、良い知恵を得ること
グルメという言葉が市民権を得てから、もうだいぶ経ちました。
食べて楽しむこと、誰もが望む時間です。
しかし、それは本当に幸せなことなのでしょうか。
一八二六年(二十歳)の秋、彼は一種の倦怠と憂悶に憑かれた。ある日、彼はふと自ら問うた。
「人生におけるあらゆる汝の目的が実現されたものと仮定せよ。汝の期待している社会機構ならびに輿論上のあらゆる改善が今この場で完全に実現され得るものと仮定せよ。しからばこれが汝にとって大なる喜びであり幸いであろうか」
すると抑えきれない自心が明瞭な声で答えた。
その答えは「否!」であったのです。
(中略)
日本人を幸福にするものは、決して自己の内面的義務を棚上げにした組織論や社会主義ではないのです。
(『人物となる道』安岡正篤著 致知出版社
「五、J.S.ミルの苦悩」より)
安岡師は、孟子の次の言葉でこの章を締め括っています。
求其放心而己矣
その放心を求めんのみ
(自分の外に放たれて出ていった、本来の仁の心を求めることに尽きる)
魂を養ってこそ人
この行為を子孫にまで引き継ぎ
この世を少しずつ良くしていく