夫難習易忘 音聲之浮才 又易学難忘 書筆之博藝 〔實語教〕
それ習い難く忘れ易きは、音声の浮才。
また学び易く忘れ難きは、書筆の博芸。
(詩、演奏、踊などの芸ごとは、習うのが難しく忘れてしまいやすい。
読み書きは学びやすく、忘れることもない。)
<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>
「音声(芸事)」の分野の価値は低く、「書筆(読み書き)」の価値は高いという意味に捉えられます。
ただ、時代が進むにつれて芸術面の価値は高まってきており、日常的に触れ合っていれば簡単には忘れるようなこともないでしょう。
一方で、根本的な要素として大切なのは間違いなく「書筆」であり、生きていくために必要な社会基盤です。
「音声」を学び教えるにも、適切な表現による「書筆」が求められますし、何をするにも不可欠なことは明らかです。
では
〝 人 〟にとっての根本は何でしょうか
朝の早い時間に散歩を行っていますが、夜明け前後の清々しさを感じられる反面、嫌な思いもあります。
公園や小川に塵が落ちていたり、タバコをふかしながら歩いていく人がいたり・・・
恐らく、自分さえ良ければ、バレなければ良いという考えからの行為でしょう。
仮に、周囲の人の迷惑を考えてほしいと言っても、ハイわかりましたとはならないでしょう。
人の目なんか気にしてられるかというような主張も出そうです。
確かに、人の目を気にしすぎるような姿勢には賛同できません。
結局、その人自身の考え方次第、信念次第という領域になってきます。
善に基づいた信念、平和や調和を願う人の信念は、たぶん、周囲への配慮がなされるであろうと思います。
人の一挙手一投足は
その人の意志と信念から生じる
大げさと感じるかもしれませんが、人と人との取るに足らない小さな衝突が、大きな事件につながることも十分にあるため、些細なことも無視できません。
また近年、将来を担う子どもたちの中に、人の見ているところではゴミを拾うなど良い子を演じる一方で、人の目がなければそのような行為は一切しないということが観察されていることも気がかりです。
どうも
人の根本的要素が
薄まっている様子
もしかすると、大多数の人は成り行き任せなのかもしれません。
一握りの賢者のみが信念を持って生きているのかもしれません。
しかし、今後の世界において、それは危険なことです。
色んな解釈があるでしょうが、独裁主義、覇権主義、そしてAI(Artificial Intelligence:人工知能)が世間に広がる近未来、一握りの賢者・リーダーでさえ簡単に吹き飛ばされてしまう可能性が大きくなっています。
善に基づく人としての根本
生きる軸である意思の確立
それぞれが
一人ひとりに求められている時代