子、怪・力・亂・神を語らず。
(先師は、弟子達には、妖怪変化とか、腕力ざたとか、乱倫なこととか、神秘なこととかは話されなかった)
※怪、力、乱、神は、常、徳、治、人に相対して用いられている。
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
何を語るか
言葉にするか
それは極めて重要
“ 怪・力・乱・神 ”に関することを頻繁に口にすることは、実体のない絵空事ばかり考えて語ることを意味します。
「想像」は、人として大切な能力でしょうが、そればかりだと現実に疎くなってしまいます。
さらに、それが度を過ぎると、精神をやられてしまいかねません。
日常的に語るべきは、〝 常・徳・治・人 〟とすべきです。
現実社会における事実を体感して考えることが重要です。
数多くの事実、例外、突発事項、見当違いなどを経験として得ることが、直感や直観、第六感を習得することにつながっていきます。
自分なりの〝 王道 〟を見出すことさえ可能でしょう。
これらは
生きるための知恵
自己の信念にさえなり得ます
そして
最も大切なことは
〝 自分で考えること 〟
“ 怪・力・乱・神 ”に関する話は、ほぼ全てが信念などない、単なる思い付きで構成されます。
そのため、如何様にでも広げられ、意図的に複雑にして高尚な雰囲気を醸し出したり、面白おかしい方向へ持っていったりすることが可能です。
余興という面で役立つでしょうが、生きていく力にはなり得ません。
〝 常・徳・治・人 〟の話となると、ひと言一言に自分の考えが必要になります。
それは自分に真剣さを求めること、深い思考や洞察を求めることになります。
この経験は
自らの修養
そのものです
空虚なことばかり想像し
自分を納得させるようでは
真の成熟にはつながりません
戦場で第一線から遠ざかった場所では人はつまらない雑誌か小説を読んでいるが、だんだん戦線に近づいてくると、そういう本はバカらしくて読めなくなる。
真剣に精神的な書物を読むようになる。
本当に生命に響くものを求めるようになる。
<出所:『人生の法則』安岡正篤師の言>
明日死ぬかのように生きなさい 永遠に生きるかのように学びなさい 〟
(マハトマ・ガンディー)
何を考え
そして語るか
それは明白なのです