子曰わく、我は生れながらにして之を知る者に非ず。古を好み、敏にして之を求めたる者なり。
(先師が言われた。
「私は、生まれながらに道を知る者ではない。古聖の教えを好み進んで道を求めた者である」)
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
生れながらにして聖賢の道を知る
そんな人はいないのでしょう。
二千五百年の間、名を残し続けた孔子でさえ、学び続けたわけです。
個人的には、孔子が古聖の教えを好んだ理由、〝 動機 〟に興味が湧きます。
何がきっかけで
その方向に進んだのか
多くの人もそうでしょうが、今の私というものは、自分の動機から形作られたと思います。
高校生の時代、早く社会に出て仕事上で大暴れしたいと思いました。
大学などまどろっこしいけど、行ける環境でもあったせいか、ひとまず進学を選びました。
結果、意味ある四年間を得られた思うことができて、幸いだったと感じます。
社会に出て、仕事というものの全体像、その何たるかを知りたいと、興味を持って勉強もしました。
しかし、勇んで入社した会社での営業成績は振るわず、というか惨憺たるという表現が適切かもしれない状況でした。
ただし、会社を辞めはしませんでした。
やがて状況が変化し、水を得た魚のごとく仕事に邁進したものです。
三十歳中盤、野心と意欲をもとに退社し、独立に臨みましたが、改めて大きな挫折を味わいました。
そしてその頃から、漠然と人間学に惹かれ始めます。
故人の生き様や言葉に圧倒され、感動し、次々に古典や関連書物を読むようになりました。
先ほど、営業成績が惨憺たる状況でも会社を辞めなかったと書きましたが、その理由はただ一つ、「石の上にも三年」という教えが頭をよぎったからです。
小さい頃から
何回も耳にした言葉
古くからの諺
我慢したおかげなのでしょうか、先ほども述べたように、三年過ぎたあたりから大きな変化が現れました。
幸福は、最初不幸の形をして現れるのが常である
(参考:月刊『致知』2026.06)
幼い頃、優しく見守ってくれた祖母から、二宮金次郎の「遠くをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」や「年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ」という言葉を教えてもらいました。
ちなみに、三十五年近く連れ添っている私の妻は六歳年上です。
小さいときに耳に入ってきた教訓
その後は仕事に夢中になるものの
やがてまた古の教えに戻ってきた
そんな思いです
〝 動機 〟は生きる意欲
そして心の灯
生きていく限り
燃やし続けるもの