雖富勿忘貧 雖貴勿忘賤 〔實語教〕
富むといえども貧しきを忘るるなかれ。
貴しといえども賤しきを忘るるなかれ。
(裕福になっても、貧しかった時の苦労を忘れてはならない。
立派になっても、賎しい行為というものを忘れてはならない。)
<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>
私は、今までの人生の中で、貧しい生活を送ったと感じたことはありません。
しかし
父は違っていました
一緒に住んでいた祖母、父親、母親が毎年のように他界し、高校生だった父は、中学生と小学生の弟二人と、三人で生きていかねばならなくなりました。
兄弟三人で力を合わせ、それぞれが家事全般を担い、牛乳配達や新聞配達などで生活の糧を得、苦しい時期を生きぬいたのです。
高校を卒業して社会人になった父は、自らの稼ぎで叔父二人が高校を卒業するまで面倒を看ました。
父は国家公務員となり、次男の叔父は中堅企業の専務まで出世し、三男の叔父は高校を首席で卒業して電力会社に入社、皆定年まで勤め上げました。
私が小さい頃、毎年正月には二人の叔父の家族が我が家に集まってきてくれ、父親代わりに育ててくれた兄、つまり私の父への感謝の気持ちが感じられることもしばしばでした。
三人とも、生活が豊かになっていっても、昔の苦労を忘れず、奢ることなく、真っ当に生きたと感じます。
富むといえども
貧しきを忘るるなかれ
先日亡くなられたガッツ石松さん(1949~2026 元WBC世界ライト級王者)は、貧しい家庭で生まれ育ったそうです。
中学卒業後に一度上京するものの、社会の心無い対応などに絶望して実家に舞い戻ります。
失意の中、故郷の自然に触れながら考え直し、改めての上京を決意しました。
家を出て駅に向かう途中、工事現場で働く母のもとに立ち寄ったときのこと。
母は、泥にまみれた手で、涙ながらにくしゃくしゃの千円札を手渡しながら、「偉い人間なんかにならなくていい、立派な人間になれ」と。
ガッツ石松さんは、その後もずっと、その泥の付いたくしゃくしゃの千円札を大事に持ち続けたそうです。
<出典:「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書」藤尾秀昭編 致知出版社>
貴しといえども
賤しきを忘るるなかれ
ある朝、リンカーン(Abraham Lincoln 1809~1865 第16代アメリカ合衆国大統領)の秘書ジェームズは、ホワイトハウスの廊下の片隅でしきりに靴を磨いている男を見つけた。
何気なく通り過ぎようとして、それが大統領リンカーンであることに気づき、あっと驚いて立ち止まった。
ジェームズは「大統領のご身分でそのようなことをなさるのを人に見られるのは具合が悪うござます。」といったところ、リンカーンは人なつっこい微笑を浮かべながらいった。
「ほう、靴磨きは恥ずかしいことなのかね、ジェームズ君。それは違っていると思うな。大統領も靴磨きも、同じく世のため人のために働くものだ。世の中に卑しい仕事というものはないはずだ。ただ、心の卑しい人はいるものだがね。」
<出典:『人生を創る言葉』渡部昇一著 致知出版社>
真っ当に生きる姿
草花、樹木は太陽に向かって素直に生きようとします。
成長の途中で、人間や他の動物などに踏みにじられるかもしれないのに。
ではあなたは、踏みにじられることを避けようと脇道に逃れる生き方をしますか。
それは、真っ当に生きる道を外すことになるかもしれません。
お天道様をしっかり見上げて
真っ当に生きようとすること
それが
自らが納得できる
唯一の潔い生き方ではないでしょうか