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COLUMNSブログ「論語と算盤」

善と善人を見定める

2026年5月22日

見善者速行 見悪者忽避 〔實語教〕

ぜんを見てはすみやかにおこなえ。

あくを見てはたちまちけよ。

(善の行為を見たら、すぐに自分も同じように善を行うこと。悪を見たら、決して寄り付かないようにすること。)

<参考書籍:『實語教童子教 改版』馬喰町 錦耕堂山口屋藤兵衛板 解説>

 

 

 

 

今日の言葉は、人付き合い、誰と付き合うべきかの判断基準をも示しています。

 

 

 

私はどうも、人物を見定める目があまり良くない方だと感じることがあります。

 

輝いているような人、華やかな人を見て、この人はこれから何かを成す人だと思ってしまうのですが、他の人は必ずしもそうではないようです。

 

事実、そのときは光って見えるのですが、多くの場合、自らの言動がもとであまり良くない結末を迎えてしまうようです。

 

 

 

善を見たら速やかに行い、悪を見たらすぐに避ける

 

これには、まず善と悪を見定める力が必要ですが、多くの人が持ち合わせているでしょう。

(持ち合わせていない人は、無防備に悪に近づいてしまうのでしょう)

 

さらに、素早く行動できるか否かは、善悪に対する反応の鋭さが表れるようです。

 

 

この行動によって、善の人か悪の人か、両者を見抜く力が培われていくのでしょう。

 

反応が遅いというのは、どっちつかずの位置に立つということ。

 

 

 

 

善を見たら

 すぐに自分も行いましょう

 

自分自身を

 〝 善の色 〟で染めてしまうのです

 

 

悪を見たら

すぐに遠ざかりましょう

 

自分自身が

“ 悪の色 ” に染まらぬように

 

 

 

霧の中を行けば

覚えざるに衣しめる

よき人に近づけば

覚えざるによき人となるなり

 

(霧の中を歩くと、知らないうちに衣服が湿る。

善い人と付き合えば、知らないうちに自分も善い人になる)

(道元)

 

 

 

子供から大人、老いに至るまで、善と悪は絶え間なく眼前に現れます。

 

少しでも脇が甘ければ、自分を貶めかねません。

 

 

善は

 間違いなく

  全面的で

   偽りのない

    心からの幸福につながります

 

悪は

欲を満たせる

そんな姿を見せますが

実態は間違いなく不幸です

 

 

 

一日一善、二善、三善

 

笑顔と希望

それに強い意志を添えて