詩に云わく、桃の夭夭たる、其の葉蓁蓁たり。之の子于に歸ぐ、其の家人に宜しと。其の家人に宜しくして后、以て國人を敎うべし。詩に云わく、兄に宜しく弟に宜しと。兄に宜しく弟に宜しくして后、以て國人を敎う可し。詩に云わく、其の儀忒わず、是の四國を正すと。其の父子兄弟と爲りて、法るに足りて后、民之に法るなり。此を國を治むるには、其の家を齊うるに在りと謂う。
(詩経(周南桃夭篇)に、桃の花が美しく咲き、その葉がみずみずしく茂っているように、教養豊かに成長した娘が嫁いで行き、其の家人とよく調和するとある。このように婚家の人々と和やかに調和して後に、その国の人を教えることができるわけである。
詩経(小雅蓼蕭篇)に、兄に宜しく弟に宜しとある。家の中の日常生活に於て、君主がその地位に誇らず、兄弟が和やかに睦み合う姿が、兄弟の道を無言で国人に教えることになるわけである。
詩経(曹風鳲鳩篇)に、君子の行為が人の道に叶って、自ら四方の国を正すとある。これは君主が家の中でよい父子、兄弟となって後に民がこれを手本とするようになるのである。これを国を治むるには、其の家を齊うるに在りと謂うわけである。)
<出典:『『大学』を素読する』伊與田覺著 致知出版社>
家は国の縮図
家の中で皆が睦ましく暮らしていないのなら、その家族の心はバラバラです。
国民の心がバラバラにならば、当然、その国が良くなることはありません。
嫁入りして夫の家に入るという風習において、送り出す家にとっては、その娘の教育が大切だったのでしょう。
勉強のレベルなどではなく、その家で調和をもった振る舞いができるか、夫の家族の一員になれるか、それはその娘の心の有様、教養次第だからです。
もちろん、受け入れる夫側の家も調和されていることが前提です。
家がまとまったなら
やがて近所へ
そして広く国民一人ひとりが
和の心を大切にしていくことに
つなげていくのです
家が調和するということは、家長が威張るようなことではありません。
家族の一人ひとりが、お互いに礼節や思いやりをもって触れ合い、助け合って、生活している状態をさします。
そういう認識が不十分な家長には、その母親が自らの役割としてたしなめていたのでしょう。
つまり、家族全員が調和していること、親子のみならず、兄弟姉妹も仲良くしていることが大事だということ。
そういう家族の姿が、徐々に国中に広がっていくことが望まれるわけです。
君子が
自らの家を
調和させている情景
父であり子であり
兄であり弟であり
家族全員が
仲睦まじく調和している状態
それであれば
民衆はこれに倣って
自分の家を調和させていくでしょう
このことが
国を治めるための
必要な条件です
さて、今日の日本の「家」はどうなっているのでしょうか。
たとえ小家族、核家族であっても、調和させることは不可能ではないと思います。
しかし、調和できていない「家」が増えていけば、その国は崩壊の方向に向かいます。
こんな状態は、未来永劫、この日本において生じてほしくはありません。
現代、多くの人々は時間に追われ、また時間を消費しています。
これは
調和を生む振る舞いとしての〝 義 〟でなく
“ 利 ” を得ようとする
短絡的で短期的な煩悩の心
それを生じさせかねないのではと危惧します
家を齊え
自国の在り方を自らに問う
その上で自分の人生をいかに築くか
遠きをはかる者は富み 近きをはかる者は貧す
<二宮尊徳>