我を亡ぼす者は我なり。人、自ら亡ぼさずんば、誰か能く之を亡ぼさん。〔修身〕
(意訳:自分を駄目にすることや貶めるのは自分自身の仕業である。
決して他人が自分を駄目にしたり貶めたりするわけではない。)
<出典:『呻吟語を読む』安岡正篤著 致知出版社>
今回で『呻吟語を読む』を最後とします。
安岡師が取り上げた言葉を紹介してきました。
また、終盤では豊田良平先生にとって思いのある言葉を紹介しました。
先生は、コスモファイナンス(現コスモ証券)の相談役および関西師友協会副会長として、安岡教学の普及に努められた方です。
今日の言葉は
豊田先生が
最後にあげたもの
数々、『呻吟語』の言葉を用いながら今日の言葉に至っておられますが、その一連の流れは〝 心 〟のあり方の重要性を説くものです。
いくつか取り上げておきます。
「恋」
心に懸念する所があって、解くことができない、頭では捨てなければならないと思っていてもなかなか捨て去ることができないこと。(異性に恋するというような意味ではありません)
こうしたことは、経験を積んで自分で判断するしかない、自分のことは自分で決めることが肝心とのこと。
「静」
「静は生の門、躁は死の戸」と言われるように、宇宙の大生命は我々にいろいろな命の糧を与えてくれていますが、それは誠に〝 静 〟
反対に、騒がしい、せっかちでいらいらして落着きがないというのは“躁”、これは死に至る門戸とのこと。
「四つの養い」
〝 心 〟は謙虚で無心に、〝 徳 〟をもって身を潤し、〝 善 〟で人を生かし、〝 仁 〟で天下万物を養う。
「三つの忌」
“客気”(うつろいやすい、気分に左右されること)、“慢心”、“才能をひけらかす”、これらを忌むべきとのこと。
「天下の治乱は、只だ相責め各々尽すの四字に在り」
註)相互に人を責むるときは天下乱れ、人各々自己の職分を尽すときは、天下治まるなり
「貧しいことは恥ではない。恥となるのは、志を持たないこと」
「賎しいことは恥ではない。恥となるのは、努力をしないこと」
「老いることは恥ではない。恥となるのは、虚しく生きること」
「死は悲しむことではない。悲しむべきは、忘れ去られること」
そして今日の言葉に至ります。
我を亡ぼす者は我なり
人
自ら亡ぼさずんば
誰か能く之を亡ぼさん
豊田先生の言われる
「人間錬磨の書」
『 呻吟語 』
その最後に示された
気高く崇高な言葉です