湯の盤の銘に曰わく、苟に日に新た日日に新たに、又日に新たならんと。康誥に曰わく、新たにする民を作すと。詩に曰わく、周は舊邦なりと雖も、其の命維れ新たなりと。是の故に、君子は其の極を用いざる所無し。
(殷の湯王の洗面器に刻みつけた自戒の銘に、本当に毎日自己を新鮮にして停滞することがないようにとあるが、これは新たにすることの大切さを言ったものである。
康誥篇には民がそれぞれの立場に於て、自ら進んで創造性を発揮する。即ちやる気を起こして自主的に活動するよう指導するのが政治の要道であるとある。これらは新たにすることの大切さを言ったものである。
詩経(大雅文王篇)に、周は旧い伝統ある国ではあるが、そのはたらきは日々に新たで止まるところがない。ここから革命に対して維新という言葉が出て来るのである。)
<出典:『『大学』を素読する』伊與田覺著 致知出版社>
皆身を修むるを以て本と爲す
其の本亂れて末治まる者は否ず
このために
自分自身を常に新しくすること
停滞せずに
一人ひとりが自分を新たにし、新しい自分を創造していくこと、これはすばらしいことでしょう。
それはつまり、日々新たに進み続ける〝 維新 〟となります。
〝 革命 〟が意味する内容とは相違します。
君子は
この日々の刷新という行為を
その極限まで行っていくべき
生きていく以上、自分の身や身辺を新しくしたくなるものです。
これは本能的な欲求ではないかと感じます。
部屋の模様替えもせず、昔と同じ風景で過ごしていたら、おそらく停滞となるでしょう。
もちろん、掃除ができているのであれば、それは刷新していることになります。
世界に知られる浮世絵師、葛飾北斎は掃除ができない人だったようであり、廃棄する作品や絵の具などで部屋がうずもれてくると引っ越したそうです。
90年の生涯において引っ越しした回数はなんと93回
絵を描くことに没頭しているため、気が付いたら家が汚くなって、それに我慢できずに引っ越すということの繰り返しだったそう。
これも一つの刷新でしょう。
また、人は自分自身も刷新したくなるものです。
日々溜まるストレスの発散、現状の打破、自分の殻からの脱皮、肉体の強化、体調を整える、精神的に成長したいという願望など
全ては〝 日々新たに 〟なりたいという思いです。
停滞は後退
前に進むために
日々新たにする
ささやかなことでも新たに
呼吸、挨拶、ごみを拾う、机を拭くなど
動作一つひとつを丁寧に行う
〝 新たな 〟領域への入り口となるはず
<参考:『『大学』を味読する 己を修め人を治める道』伊與田覺著 致知出版社>