康誥に曰わく、克く德を明らかにすと。大甲に曰わく、諟の天の明命を顧みると。帝典に曰わく、克く峻德を明らかにすと。皆、自ら明らかにするなり。
(※これからは述べてきた三綱領や八条目が単なる独見ではなくて、すでに定評のある経書等によって、その信憑性を高めようとするものが多い。
康誥(書経の一篇)に、「克く徳を明らかにする」とあるのは「明徳を明らかにする」を言ったものである。
大甲(書経の一篇)に「諟(是)の天の明命を顧みる」とあるのは「明徳を明らかにする」を言ったものである。
定点(書経の一篇)に「活く峻(大)徳を明らかにする」とあるのは「明徳を明らかにする」を言ったものである。
昔のこれらの聖天子は、皆自ら努めて明徳を明らかにしたのである。)
<出典:『『大学』を素読する』伊與田覺著 致知出版社>
康誥、大甲、帝典とは、四書五経のうちの『書経』の一編です。
徳を明らかにする、これが明徳です。
人は生まれながらにして、天から徳性を与えられているということは既に述べました。
この徳性には二つあり、目に見える徳が明徳、見えない徳が玄徳となります。
玄徳は、木の根のようなものであり、強固になればなるほど大きな働きをします。
そしてそれは目に見える明徳として外に現れます。
例えば、土の中で種から根が生じ、やがて地上に花が咲くような過程と似ています。
人も同じ
其の本亂れて末治まる者は否ず
では、いかに玄徳を高めていくか
江戸後期の観相家である水野南北は、世に出した『脩身録』の中で、食べ物を始め〝 物 〟を大切に扱うことが天に通じ、徳に繋がるとしています。
〝 物 〟
『大学』の八条目の最初に〝 格物 〟という言葉があります。
この意味については、自己自身を正すとされています。
ただ、私見ですが、〝 物 〟を大事にする、ていねいに扱うという意味もあると感じます。
天から与えられたあらゆる〝 物 〟
これをていねいに扱うことで、それらは大切な〝 物 〟になります。
この考え方は、最初から大切なもの、例えば故人の形見や大事な人からの贈物などは、皆ていねいに扱い、大切なものとして保管しているはずです。
これを逆から活かして、ていねいに扱うことが、大切なものへと自身の中で昇華させていくことにつながるというものです。
〝 人 〟に対しても同じ
周囲の人々にていねいに接していれば、やがて自分にとって大切な人達になります。
そして〝 仕事 〟も同じ
自らが携わっている仕事に対して、ていねいに取り組むことが天職に繋がっていくこともあるでしょう。
あらゆる〝 物 〟
あらゆる〝 人 〟
携わっている〝 仕事 〟
全てに対して
ていねいに
慎重に
取り組む
玄徳を高めていくための道だと考えます
<参考:『『大学』を味読する 己を修め人を治める道』伊與田覺著 致知出版社>