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COLUMNSブログ「論語と算盤」

教の体現

2025年6月24日

政を為すには、先づ世教を扶持するを以て主と為す。上に在る者、いち擧措きょその間にして、世教の隆汚、風俗の美悪、これに係る。若し大體如何を着せずして、一時の偏見を執れば、一事は未だ得ずと為さずと雖も、而も風化のそこなはるる所は甚だ大なり。是れを常を亂るの政と謂ふ、先王は之を慎む。〔治道〕

まつりごとを行う上に一番の先決問題は世の中に教というものを扶け持って失わぬようにすることである。それは上に在る者のちょっとした動作、行動のいかんによるのであって、世教の盛んになるか汚れ衰えるか、風俗の良くなるか悪くなるかは、結局これによって決まる。

 もし大体(全体)のいかんをつかまないで、一時の偏見を固執すると、ある事柄で取り得はあっても、風化(上・善教を垂れて自ら下の者を化すること)のそこなわれるところが甚だ大きい。そこで古の立派な天子は最もこれを慎んだのである。)

<出典:『呻吟語を読む』安岡正篤著 致知出版社>

 

 

 

 

 

政にとって最も重要な要素

 

 

 

 教を体現すべき人は、組織のトップです。

 

 

 

トップが仏教でいう “ 十悪 ” の片鱗を見せてしまうと、その組織の統制やその国の政は決してうまくいかないでしょう。

 

“ 十悪 ” とは、貪欲とんよく(貪り、欲張り)、しん(怒り、憎しみ)、愚痴ぐち(ねたみ、怨み)、綺語きご(お世辞、おべっか)、りょうぜつ(二枚舌)、悪口あっこう(非難、中傷)、もう(嘘、偽り)、せっしょう(生き物を殺す)、ちゅうとう(泥棒、盗み)、邪淫じゃいん(淫らな男女関係)という十の罪です。

 

 

 

 これとは逆に、家庭、会社組織、政に関与する人たちにおいて大切にすべき教とは何でしょうか。

 

 

それは、我が国では、日本人の心に根差した教えになると思います。

 

例えば、仏教で修業の目的とされる〝 三学 〟や〝 八正道 〟が、儒教では論語で有名な〝 仁・義・礼・智・信 〟があげられるでしょう。

 

 

三学

戒学かいがく三業さんごうと呼ばれるしん口意くいの不善をなくすこと

じょうがく:禅定(瞑想)で心を安静にすること

がく:現象が生じる理法を知る智慧のこと

 

 

八正道

正見せいけん:正しいものの見方をする

しょうゆい:正しい考えを持つ

しょう:正しい言葉遣い

しょうごう:正しい行い、振る舞い 

しょうみょう:正しい生活を送る

正精しょうしょうじん:正しい努力、精進

しょうねん:正しく教えを憶念おくねん(忘れない)する

しょうじょう:正しい禅定(瞑想)の修習

 

仁・義・礼・智・信

じん:他人を思いやる心

:利欲にとらわれず、なすべきことをする、正義の実践

れい:上下関係で守るべき行為や振る舞い

:知恵、道理を踏まえること

しん:友情に厚い、真実を語る、約束を守る、誠実

 

 

 

 特に、家庭のリーダーである父母に求められる心は四等、慈悲喜捨ではないでしょうか。

 

四等

:身近な他者の幸福を喜ぶ心

:身近な他者の不幸を憐み悲しむ心

:身近な他者の徳や正しい行いを喜ぶ心

しゃ:不徳を捨て、執着せず偏見のない平等な心

 

 

 

 二人以上が集まれば、リーダーが生じます。

 

そのリーダーの振舞い如何によって、組織の盛衰が決まります。

 

 

ところで、全てが満点という風に評される人、こんな人はリーダー、トップとしてどうでしょうか。

 

多くの場合、あれもこれも身に付けて武装しようとした結果であることが多く、深みの無い、表面的で薄っぺらな人物であることがやがて露呈するものです。

 

 

 

日本という国に生まれた

我々の心の奥底に

ピーンと調和

呼応するような

一挙手一投足

 

そういう

本物の筋を持った人物こそ

この国に望まれる

リーダーであるはずです