子曰わく、中人以上には、以て上を語るべきなり。中人以下には、以て上を語るべからざるなり。
(先師が言われた。
「中以上の人には、高遠な哲理を説いても理解されるが、そうでない人には、難しい。」)
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
幼い頃から気がかりなことがありました。
大変便利なのですが、反面とても心配したものです。
それは、蛇口を捻れば水が出る仕組み、つまり水道です。
貧しい国では、一口の水さえダイヤモンドよりも貴重なものなのに、日本では安全に飲める水がすぐにたくさん用意できます。
私が生まれた地区には、農業、漁業、お店、会社員など、色んな人が住んでいて、それらの家全てが水に困ることはありませんでした。
ただし私は、根本の部分にトラブルが起きたら、つまり水道局で異物が混入したり、途中の管が破損したりしたならということが心配だったのです。
そうなると、相当に多くの人々が困ることになり、命の危険に晒される事態も生じるかもしれません。
そう心配しながら表通りを見ると、まったくもってお構いなしで、皆が日常の生活に勤しんでいます。
一寸先は闇
そんな私も学生を終えて社会人になったら、活躍したい、成功したいという自己実現欲に振り回され、社会基盤への関心が薄れてしまいました。
しかし時折、至る所で現代社会の脆さがその片鱗を見せているように感じます。
それは物質的な社会基盤だけでなく、人の心の陳腐化や懈怠化もその危うさの芽であり、下水管の破裂による道路陥没、自動車や航空機の事故、理由の見えない殺人など、社会の変化の〝兆し〟として現れてきているようです。
21世紀になった現代、家族や地域、全国民、全人類で、お互いを助け、助けられ、皆で平和な世界を創り上げていくことが必要なはずです。
しかし、このことを20歳代の私に諭そうとして、果たして納得するでしょうか。
血気盛んなそのころ、恐らく実感もできず、心に入っていかないでしょう。
この原因は、幼少時の教育のあり方によると感じます。
江戸時代から明治における子供の教育は、まさに、〝いかに生きるか〟を説くものでした。
多くの人が若い頃から、今日の言葉にある「中人」以上に成長していたはずです。
それが昭和に入り
特に戦後教育によって
物質的競争に勝つことを目的として
私たちは躾けられてきました
少なくとも
人並みの労働力に
作り上げようと
しかし、その結果の状況は決して美しいものではなく、逆にますます危うさを高めているようです。
富めると雖も心多きは欲
是を名づけて貧人とす
貧しきと雖も心欲せば足れり
是を名づけて富人とす
(お金持ちでも貪欲な人はむしろ
貧しい人といっていいでしょう。
お金があまりなくても心が満ち足りている人は
豊かな人といっていいでしょう)
<出所:『子供と声を出して読みたい「童子教」』齋藤孝著 致知出版社>
私たちは
心の値打ちを
高めていかねばなりません
人類の今までの歴史は
間違いなく
心の値打ちを
上げられていないのですから