子曰わく、誰か能く出ずるに戸に由らざらん。何ぞ斯の道に由ること莫きや。
(先師が言われた。
「誰でも家を出るのに戸口を通らない者があろうか。しかるにどうして人は、人として最も大切な道を通ろうとしないのだろうか」)
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
大いに納得させられる言葉です。
家の中から外へ出るとき、人は必ず戸口を通ります。
縁側や裏の勝手口ということもあるでしょうが、祭りごとや冠婚葬祭などのときは、全ての人が玄関から出て行って、玄関へ帰ってきます。
これは、人としての正しい行為、望ましい行為であるということに疑いの余地はありません。
この性質、習慣が、家、家族を形作っているように思います。
しかし、一人ひとりの言動となると、このような秩序は滅多に見られません。
思考を行動で表すならば、窓から出て行こうが、屋根から飛び降りて出て行こうがおかまいなしです。
そしてそれが行動にも反映されてきます。
このような横着な行為は、自己防御のためや先を取って得しようという野心から生じるものです。
いずれにせよ、自分を甘やかす行為であることは間違いありません。
甘やかされた人間は所詮小人でしかありません。
一方で、孔子が嘆いているということは、古くから人間はなにも進歩していないということでしょうか。
仮に全ての人間が自らを厳しく律する生き物であるなら、世界中にこれだけホモ・サピエンスという種が蔓延ることもなかったのかもしれません。
私たちには
生き方を選択する
権利が与えられているようです
仁義礼智信を捨て
自分の得のため
欲のために
外的価値観に踊らされる人生
自らを律し
生きる意義
役割や目的を探し
自己を高めていく
主体性のある人生
忘れてならないのは
権利を行使するのなら
義務を果たさねばならない
ということ
偉い人間なんかにならなくていい
立派な人間になれ
(ガッツ石松氏が二度目の上京に挑戦するとき、現場仕事で作業中の母親が泥にまみれた手で餞別にと千円札を渡したときに贈った言葉)
<出典:「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書」
藤尾秀昭編 致知出版社>