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COLUMNSブログ「論語と算盤」

人財

2024年10月15日

のたまわく、もうはんほこらず。はしりて殿でんす。まさもんらんとして、の馬にむちうちてわく、あえおくるるにあらざるなり。馬進まざるなり。〔雍也第六〕

(先師が言われた。

 「孟之反(魯の大夫)は自ら功をほこらない人だ。戦に負けて逃げ帰った時、味方を守ってしんがりをつとめた。いよいよ門に入ろうとして馬にむち打って言った。

 『殊更に後れたのではない。馬が進まなかったからだ』」)

<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>

 

 

 

 

 

 の国にさいが攻め入り、都にまで迫ったため魯軍はやむなく城内に退きました。

 

このとき、孟之反は殿しんがりを務めました。

 

追ってくる敵軍と戦い、自分たちも逃げ切る。

 

このような殿の軍、その長の役割は、相当な力量がないと務まりません。

 

その役を存分にこなしたにもかかわらず、その功績を一切誇らずけむに巻いたのです。

 

 

 

 

 

功績を誇る

それは見苦しいことです

 

すばらしい功績であるほど

 黙っておくことでしょう

 

その姿勢こそ

真の貴さであり

真の厳しさであり

本物の証

 

 

 

 

 

 しかし、古今東西、自慢したい人はそこかしこにウヨウヨいます。

 

そういう人は

自分に注目してほしい

褒めてほしい

そのようなせつな願望があるようです

 

世界を見渡しても

大統領や国家元首

その候補者などに

そういうしょうじんが目立ちます

 

 

 

 

世界的な閉塞感は

トップの振舞いが原因と言っても

的は外していないでしょう

 

 

 

 

 あらゆる組織において、長たる者がこんなレベルであれば残念な結果を招きます。

 

仮に組織が行き詰ったとしても、後始末を行って、きちんと清算できる人物こそが本当の長であるべきです。

 

そういう人の姿を見たとき、周囲の人は本物の姿、本物としての振舞いに気付かされるのです。

 

 

 

 

 

ところで

 

 今日の教訓は

  自らを誇ることのない

   高貴な姿だけを表しているのではない

 

そう感じます

 

 

 

 “ 俺が、俺が ” と自慢する人ばかりの組織が成り立たないのは明白です。

 

理想的な組織は、皆が目的を共有し、邁進している組織です。

 

“ 俺 ” ではなく、“ 皆 ” が共通した目的をもっており、加えて強固な協力体制が築かれている組織です。

 

 

たった一人が自己の功績をことさら自慢し、それがもとで上位に就くようなことになると、集団の力は大きく毀損します。

 

そうなる前に、より上位の長がそのやからいましめられるか、それができるだけの人物か否かが、組織としての分岐点になるでしょう。

 

 

 

 

 牽引者は、先頭に立って旗を振り、集団を鼓舞し、前進させることが求められます。

 

しかし、それを支える人たちが自己犠牲で要所を護らないと、その組織はまさに砂上の楼閣です。

 

 

孟之反のような行為を皆が当然のように行い、組織の長を始め周囲がそれを認識する。

 

そんな組織こそが、目立たなくとも最強、そして幸福な集団です。

 

 

 

 

 

 翻って現代の日本社会、表面的な能力がどうやら高いらしい人材を高待遇で迎えるような、雇用の流動化を進めようとしているようです。

 

もちろん、硬直的な今の雇用体系が望ましいとは言いません。

 

 

しかし、“ 俺が、俺が ” という人間ばかり生み出しかねず、支える人の貢献をないがしろにする悪影響も生じます。

 

それが働きがいや経済を良くしていくという判断でしょうが、その反面、人物としての質はますます劣化していくことでしょう。

 

 

 

 

現在の日本は

あらゆる階層において

人物の “ 小人化 ” が進んでいるようです

 

まるで人間の世界にも

エントロピーの法則(熱力学第二法則)

が働いているよう

 

危機はもはや足下です