或大将の曰く、物頭の外の士共、具足を試さば前ばかり試すべき由。又具足の結構は入るべからず、甲はよくゝ吟味すべし。首に添へて敵方に行くものなりと。
(ある大将がいったには、
「部隊の長となる者以外の侍は、鎧の強さを試みるには前方だけを調べればよろしい。
また鎧の装飾は不要であるが、兜については恥ずかしくないものを用いねばならぬ。なぜならば、もし討死のときには、兜は首と一緒に敵側に持っていかれるからである。」と。)
【解説:昔は甲冑に鉄砲の弾丸を命中させて見て、その堅固さを試みることが行われた。この際「後ろ側は試みる必要はない、敵に後ろを見せることはないからだ。」という勇気のすすめである。
また、鎧は実質本位でよいが、兜は首をとられたときは敵方にいくのであるから、せいぜい立派なものをと説いているのである。
退いて生きることを考えるよりも、死んだあとの恥を考えろというわけだ。】
<出典:『葉隠』原著 山本常朝/田代陣基 神子侃編著 徳間書店>
一つの道に真正面から向かう
二の手、三の手など考えてはいけない
潔い姿勢と言えばそうでしょう。
現代でも王道です。
代々続く仕事、技術を守り、世の中の近代化とともに縮小するものの、やがてその重要性や希少性が認められるようになる。
唯一の道をわき目も振らず真っすぐ進んだ結果でしょう。
会社組織にしても同じです。
単年度の事業計画は基本的に唯一のものです。
A案がダメならB案へ、やっぱりA案の方が良いみたいだ、などとコロコロ変えていれば成果は出ません。
また、会社や仕事に対する社員の帰属意識や意欲も失われていくでしょう。
あらゆる世界で
「これ一つ」と決めて
歩み続けた人こそが
目標とした高い頂に到達できています
ただし、戦の場となれば非難されます。
上官の指示で、部下が命を投げ出すような行為は決して許されるものではありません。
現在、周知の如く、地球上の至る場所で諍いが生じています。
戦の場は、戦場そのもの以外にも広がりを見せており、偽情報や偽映像などが氾濫しています。
まだしばらく人類が争いごとから抜け出せないとしても、現代の戦争には、自らの潔さや相手に対する敬意などは微塵も感じらません。
終結したら、勝とうが負けようが、その手段の汚さから末永く非難されるでしょう。
そのため、やがて復讐が始まり、また争いが繰り返されることになります。
人類を一つの集合体と見るなら
それは今日
絶望しか感じられない集団です
残された道は
全体としてではなく
一人ひとりが意志をもつこと
そして自分の生き様を創り上げることです
天上天下唯我独尊
<釈尊>
自分が進むべき
ただひとつの道に
真正面から立ち向かう
このことだけ