「人にして恒無きは、以て巫医と為るべからず」と。余嘗て疑う、「医にして恒有って術無くば、何ぞ医に取らん」と。既にして又意う、「恒有る者にして、而る後に業必ず勤め、術必ず精し。医人は恒無かるべからず」と。〔晩二七〇〕
(『論語』に「人にして常に変わらない誠の心(恒心)のない者は、巫女にも医者にもなってはいけない」とある。私はかつてこれを疑っていた。「医者に恒心があっても医術がなければ、どうして医者たり得るだろうか」と。
その後、また思うようになった。「恒心のある者であって初めてその業に励み、術に精通するものである。医者には恒心がなくてはならない」と。)
<出典:『言志四録 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
誠の心
困難や苦悩を乗り越えるための原動力
自分が為さねばならぬこと
そのために全身全霊で取り組む力
それを為すために
必要な知識や技術を習得する
すべて、起点は “ 誠の心 ” です。
“ 誠の心 ” を土台にし、その心に従って知識や技術を学んでゆくのです。
しかし現代は
知識や情報が優先されがち
“ 誠の心 ” が軽視される
それは本末転倒
“ 誠の心 ” を見つけることは容易ではありません。
多くの人は短絡的思考に染まり、利に走り、快楽に溺れやすいものです。
天から神様に見られたら恥ずかしいはずですが、そのことには気づかないふりをします。
手術を担うロボットが開発されています。
それは
人の命を守るため
患者の病を治すため
患者の負担を減らすため
このような医療ロボットばかりであれば幸い
手術の同時進行と
手術時間の短縮により
手術数を飛躍的に増やす
利益を増すため
このような目的の医療ロボットなら
御免蒙りたい
根底に
誠の心があるか
誠の心と、世にあふれる知識は一致しません。
少し賢ければ、世の中の知識や情報の中に違和感を覚えるはずです。
しかし、いわゆる戦後教育における偏差値が高い人でも、その判別ができない人がかなりいます。
心を正しくせず
単に覚えるだけの
学習に没頭してきた
知識偏重教育による弊害
そしてまた、多くの人が世の中の知識や情報におぼれているのが現代です。
ただ、世の中の流れや国家のやり方を嘆いていても仕方ありません。
一人ひとりが
真正面から考えずに
都合の悪いことには目をつむり
流されようとしてきた
その結果なのですから
知識や情報を得ようと躍起になる薄っぺらい人は、総じて口数が多くなりがちです。
あっちへこっちへと話の論点をずらしつつ、相手を惑わせます。
巧言令色鮮し仁 〔論語〕
聡明才弁誠心無し〔自作〕
自分の心に仁はあるか
自分の心に誠はあるか
自分を大切にするのなら、ジャンクフードは避けて身体に良いものを摂取しようとします。
他方、知識・情報偏重者は空腹を満たせればよいと何でも口に入れてしまいます。
心の中に “ 誠 ” の軸があるか無いか
今日の教訓が意味するところでしょう。
生命を与えてくれたお天道様の下
貧しかろうが
地位が低かろうが
恥ずかしい生き方だけは
決して送れません
偽物の日々は朽ちて消え
本物の日々は文化を築く