子、陳に在りて曰わく、歸らんか、歸らんか。吾が黨の小子、狂簡、斐然として章を成す。之を裁する所以を知らざるなり。〔公冶長第五〕
(先師が陳におられた時に言われた。
「帰るとしようか、帰るとしようか。わが郷里の若者達は志は大きくても、行いが大ざっぱである。うるわしい文様を織りなしているが、これを裁って衣服に仕上げる方法を知らない。これから帰って彼等を教育しよう」)
※陳、河南省中部にあった国
<出典:『仮名論語』伊與田覺著 致知出版社>
孔子は55歳から14年間
祖国の魯を離れて
諸国を流浪しています。
自らが考える理想の国造り、その場を求めての旅でしたが、決してうまくはいきません。
あきらめず続けるか、一方で故郷に残した門弟たちのことも気がかりだったようです。
故郷にいる弟子たちは
実践の伴わない理想
きれいごと
理屈ばかりが達者になっている
いかにそれらを融合し
組み上げ
人の道に仕上げるか
その方法がわかっていない
自らの理想の実現が叶わぬという無念とともに、弟子たちのことを思う心。
祖国へ帰る決心
それが今日の言葉です
その後、3,000人とも言われる門弟の指導に専念するのですが、その場における弟子とのやりとり、その問答集が『論語』になりました。
このときの孔子の決心、帰郷の決断が無ければ、『論語』は生まれていません。
<参考:宮武清寛氏ブログ
https://ameblo.jp/miyatake-yagikensetsu/entry-11730770971.html>
人生の岐路
どう決断するか
真剣に生きようとしている人の人生ほど、多くの選択と決断の場に直面します。
知識や経験に頼る判断ではなく
自らの生き様を決める決断の段階
決めたらその道のみ
後戻りはできない
変更は利かない
いかに選択するか
どこに一歩を踏み出すか
その瀬戸際
そのとき
頼りにするのは何でしょう
先人の教え
常識
安全
逃避
私は
自分の心の
最も深い部分にある
“ 己の道 ”
これに従うべきと思います
この世に生み落とされた身として、その役割、使命を考えれば、一般論やその場の雰囲気に流されたり迎合したりしては申し訳が立ちません。
孔子は、自らの人生において、理想郷の創造を諦め、後進の育成に舵を切りました。
これを後から客観的に振り返れば、その方が世の中に与える影響、仁義礼智信の心を世に広げる効果は大きいのだろうと感じるでしょう。
しかし
孔子はそう考えての
決断だったのでしょうか
良き世を創り上げられる人
そういう人財を生み出そうとしての
決断だったのでしょうか
“北海道大学の前身である札幌農学校の第一期生で、クラーク博士の弟子の内村鑑三先生は、
「人間が残すべき遺産とはなにか。金やものなど財産を残すことも意義がある。しかし、それは何人にもできることではない。何人にもできて、お金やものより価値のあることは、勇気ある高尚な生涯だ」と言われました。”
<引用:『凡事徹底』鍵山秀三郎著 致知出版社>
人の心の深奥にある内なる心
そこを照らしてくれる灯
勇気ある高尚な生涯
進むべき道
己の道を示してくれる
唯一の灯