人に出会ひ候時は、その人の気質を早く呑込み、それゞに応じて会釈あるべき事なり。その内、理堅く強勢の人には随分折れて取合ひ、角立たぬ様にして、間に相手になる上手の理を以て言い伏せ、その後は少しも遺恨を残さぬやうにあるべし。これは胸の働き、詞の働きなり。何某へ和尚出会の意見、口達あり。〔聞書第二〕
(人と話合うときには、相手の気性を早くのみこんで、それに応じた応対をするべきである。理屈っぽく気のつよい人には、せいぜいこちらから折れてつきあい、角が立たぬようにしながら、その間に、相手の議論の上をこす道理をもって説き伏せ、その後にわだかまりが少しも残らぬようにするものである。ここが胸の働き、言葉の働きというものである。)
<出典:「葉隠」原著 山本常朝/田代陣基 神子侃編著 徳間書店>
相手に応じた説得の仕方です。
相手の語りの第一印象、使う言葉や表情など、これらにより、ある程度の気性は判明します。
理屈っぽいだとか、傲慢だというような印象であれば、多くの人は様子を見ます。
様子を見ながら判別しています。
ただし、通常はただそれだけで、ことさらの言動は見られません。
このような場の流れを変えられる人は稀有です。
今日の言葉は
その理屈の上を行く道理で説き伏せよとのこと。
さらにはわだかまりを少しも残すなと。
これは難しい試みです。
ただし、「理屈に対抗する理屈」ではなく、「その理屈の上を行く道理」であることは大事です。
先日、十人ほどの会合で、そこかしこに自慢話がこぼれ出る人がいました。
一見すると紳士的な態度なのですが、結局のところ我が強いのです。
敏感な人がそれを嗅ぎ取り、やや感情的な反論を発し始めました。
周囲にはやや気まずい空気が生じるものの、多くの人は諍いを恐れてか様子見です。
両者ともに自己主張が強いわけですが、
このような人に対して、私は一つの対処法を持っています。
それは
暖かい眼差しで
包んであげるような態度で
真正面から聞いてあげることです
今日の言にあるように、ある意味で折れてやることです。
こうすると、相手は最初、勢い勇んで語りますが、やがて眼を合わせられなくなります。
自らの拙さや幼さを諫められている、ただしそれを許され甘えさせてもらう環境が作られたことに気が付き、恥じ入る気持ちが徐々に沸き上がり、やがて自ら話を終わらせます。
もちろん、一定の度を越した人には通用しませんが。
いずれにせよ、心を大きく開き、高い視点から、笑いを誘うような一言で展開を図ること、これが最も素晴らしい対応でしょう。
このとき重要なのは、「理」ではなく「道理」です。
誰にでも通じる普遍の「道理」を用い
その上で穏やかな雰囲気を生み出せば
誰にも恥をかかせることなく
わだかまりさえ残すことはありません。
そんな機知に富んだ対応をしたいものです。
議論や説得は、ビジネスにも付き物です。
ビジネスでは、「論争に勝って商売に負けた」ではお話になりません。
議論や説得で敵を作ることは、自らの墓穴を掘ることです。
味方を作るための話し合いなのですから、禍根を残してはなりません。
かように、自説や持論の主張には注意が必要です。
意見の違いが明らかになり、その隔たりが大きければ、友人関係、家族関係、協力関係、一国の政事、さらには世界の分断さえ招いてしまいます。
人間関係は道理を基にして対応すべきです。
天道を人道に活かしていく知恵が必要です。