道を行う者は、天下挙って毀るも足らざるとせず、天下挙て誉るも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故也。その工夫は韓文公が伯夷の頌を熟読して会得せよ。
(正しく生きるということを決意した者は、国中の人々が寄ってたかってけなし、悪く言おうとも、決して不満を言ってはならないし、また、国中の人がこぞって褒めたとしても、決して自己満足し、舞い上がったりしてもいけない。
なぜなら、周囲の評判などは重要でなく、何よりも自分が満足できるかの尺度を堅く持って、深く信じているがゆえである。
そのような自己を肯定する、信念を身につけた人物になる方法は、韓文公(韓愈、唐の文学者・思想家)の書いた「伯夷をたたえる文」を繰り返し読んでほしい。その教えを身につけるべきである。)
<出典:「西郷南洲遺訓」桑畑正樹訳 致知出版社>
正しく生きること
正しく生きるための教えにもとづいて歩んでいく
周囲からは様々な声が聞こえてきます。
誹謗、罵倒、中傷
賛同、同意、賞賛
誹謗する者、また賛同する者に対してさえ、その意見に耳を傾けて、自らが進む道を変えてはならないのです。
正しく生きるための教え
その信念を曲げてはいけないのです。
名君と言われた周王朝が、暴君の殷王朝を滅ぼしたとき、周の王は殷に仕えた伯夷と叔斉の兄弟に、新しい国創りの協力を打診しました。
しかし伯夷兄弟は、「二君に仕えるを潔しとせず」と断り、山にこもりやがて餓死しました。
このことについて韓文公は、自らの信念にもとづいた行動として褒めたたえて書き残しています。
人間、よほど人物として出来ていないと、周囲からの圧力に抗えません。
その圧力に負けると、外の力に支配されるようになってしまいます。
「自得ということは自ら得る、自分で自分をつかむということだ。
人間は自得から出発しなければならない。
金が欲しいとか、地位が欲しいとか、そういうのはおよそ枝葉末節だ。
根本的・本質的にいえば、人間はまず自己を得なければいけない。
本当の自分というものをつかまなければならない。」
〔十二月七日〕
<出典:「安岡正篤一日一言」安岡正泰著 致知出版社>
人としての出発点である自得
正しく自得しその道を貫く
これこそが生きる意味
潔く生きる
自らの道を生き抜く